第5話 エピローグ 子犬と空の檻

 子犬の鳴き声が響いている。


 真っ白くてモコモコの、夏の雲みたいな犬だ。

 これが成長すると幼児を背中に乗っけられるぐらいに大きくなるというんだから、生命の神秘というのはすごい。


 腹を出して転がる犬を撫でていると、背後から声がかけられる。


「よく来るようになってくれたよね」

「犬の世話、俺もしたいから」

「最近は忙しくないの?」

「もともと忙しくないよ」

「それは嘘だよ」


 生徒会業務と部活動と運動と勉強と犬の世話とアルバイト。

 アルバイトは出来高制の家でできる記事作成だし、さほど時間はとられない。忙しくないと思うんだけれど、いつもヒマワリには忙しいと扱われている。


 訂正しようとする前に、ヒマワリが声をかけてきた。


「ねえ、相談していい?」

「いいよ」

「このあいだ一緒にいた子、誰?」

「いつの話?」

「先週、繁華街で……中学生ぐらいの、外国の子?」

「ああ、あれはイトコだよ。ああ見えて小学生」

「距離感がすごかったけど」

「片親が欧米の人だからじゃないかな?」

「本気で言ってる?」

「どういうこと?」

「……本気で言ってるんだね」


 ヒマワリはなぜかため息をつく。


「もしかして、私の知らない女の子、想像よりずっとたくさんいるのかな……」

「そりゃあまあ、人間の想像力には限度があるし」

「そういう話じゃなくて……わざと話をはぐらかしてるわけじゃないんだよね?」

「ええと、ごめん。話をはぐらかすって?」

「……本気で言ってるんだね」


 肩にのしかかられる。


「ねえ、私、まだ嫉妬でおかしくなりそうになること、あるんだ。そろそろ、告白していい?」


 ヒマワリはなんでも相談してくれるようになった。

 だから、告白のタイミングも相談してくれる。


 それはおかしな話のようだけれど、告白のタイミングは、告白する相手に聞くというの、理に適ってはいる。

 でも、俺は……


「好きっていう気持ちが、まだよくわかってない。なんとなくOKしそうな感じはするんだけど、そういう軽いのじゃダメなんだろ?」

「うん」

「だったらたぶん、まだだと思う。どのぐらい重くなったら、ヒマワリは満足するんだ?」

「うーん、そうだなあ」


 ヒマワリが俺の前に出て、寝転がる真っ白い子犬を拾い上げる。


 それはまだヒマワリでも余裕で持ち上げられる大きさで、犬は笑顔に見える表情で舌を出し、しっぽをパタパタ振ってかわいさを振りまいていた。


 犬の後ろには、檻がある。


 あの日、俺が入れられた檻。その錠はまだ開いていて、その空間は、今の子犬でしかない彼にはかなり大きい。


 ヒマワリは子犬をそっと俺にあずけると、檻へと近付いていく。

 そして、何もない檻の錠に振れて、鍵を取り出し、


「あなたが私を、あの檻に入れたくなるぐらい」

「お前はまだ、俺を檻に入れたいの?」


 その質問に俺を振り返ったヒマワリは、どこか暗い笑顔を浮かべて……


 がちゃり。


 錠を、閉じる音で、答えたのだった。

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監禁してくるヤンデレ幼馴染vs本音を言えば出来たら一生外に出たくない俺 稲荷竜 @Ryu_Inari

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