ここには何もない
柴崎源太郎
第3話
教室に知らない女の子がいる。
のみならず、誰一人それを指摘しない。
(おかしいのは俺なのか?)
そう考えて記憶を辿ってみるけれど、まったく思い出せない。
「美夏ちゃんさー」
名前を呼び話しかけているやつまであるのだから、やはり俺が変なのだろう。が、どう頭をこねくり回してみても、その面影にさえ覚えがないのである。
「お前もしかして上村さんのこと…」
不意に声がして振り向くと、徳次が後ろの席に座りつつ、ニタニタ笑っていた。
「いや実は俺な記憶を失ったんだよ、だから今、思い出そうと苦心してるわけ」
「?」
当然の反応である。と思っていると
「じゃあ、俺のことも忘れちまったのか?」
「ああ勿論」
「本当に?」
「あったりまえじゃないか」
「いやな、俺は立花徳次っちゅうもんで、貴殿とは戦友といった間柄の、まあとにもかくにも…」
「アホがアホとボケあったって仕様がないやろ」
ポカンと持っていたプリントで、徳次をシバいたのは琴葉であった。
「いやいや、こいつ記憶喪失やねんて。あ、だから琴葉のことも忘れとるかも知らんな」
2人の目がこちらを向く。
「それはもうゴッソリと、ツルッパゲになるくらいには忘れとりますよ」
「んなら、この徳次が紹介したる。つまり、この子はドアホなんです。どうしようもないやつなんです。」
「んん、何となく分かる気がする」
パシンッ
今度は俺も含めてシバかれる。
ここには何もない 柴崎源太郎 @yutoka
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