第8話 「何してやがる」

「あいつ…………」


 ポケットに手を入れ、スマホを開く。

 メール受信画面を開き、以前送られていた四季からのファイルを開く。


 中に入っていたのは、男女の二ショット写真。

 画面を見た後、もう一度道路を見る。


「――――へぇ、面白いじゃん」


 道路にいたのは男性。四季の元彼である、白井結城だった。


『オイカケルノ?』

「あぁ。なにか隠しているのは確実だろ、それを見つけてやるよ」


 楽しそうに笑う累は、気配を消しロングコートのフードをかぶる。

 足音すらさせず、結城の後ろをついていくように歩き出した。


 距離は近づきすぎず、遠くなりすぎず。

 距離感を意識しながらついていく。


 公園から出て数分、一つの家の前で立ち止まった。


 見上げたかと思うと、スマホを取り出しどこかへ電話をかけた。


 結城が周りを警戒し始めたため、累は電柱の影に隠れてやり過ごす。


 気づかれないように顔を覗かせると、玄関のドアが開かれ、一人の女性が現れた。


 その人は、四季の親友だった友恵。

 笑顔で出迎え、結城を中へと迎え入れた。


 二人は、そのまま家の中に姿を消す。

 累は電柱から出て、建物の前に立ち見上げた。


 どこにでもあるような、二階建ての建物。

 標識は出していないが、中から友恵が出てきたことで、この家が友恵の家だということはわかった。


 一音、シャッター音を出さないように写真を撮り、累はクグツと共にその場を去る。


 メール画面を開くと、先ほどの写真を添付して送信。宛先のメールアドレスはバグっていて、なんて書いているのかわからない。


 宛先人欄には、【鬼】とだけ書かれていた。


 ※


 四季は、累と出会ってから初めての学校に怯えていた。


 自分が友恵に復讐をしようとしている人物だとばれていないか。

 自分が自分の欲に負けて、復讐を企んでいると周りに気付かれていないか。


 自分で復讐を決め、累にお願いをした。

 だが、その累は、誰にも話さないとは言っていない。


 もしかしたら、言いふらして四季を孤立しようとしているかもしれないと考え、怯える。


 今更ながら、累との契約がどれだけリスクのある事なのか思い知る。

 顔を上げられず、鞄を強く掴みながら校門を潜った。


 今のところは、いつもと変わらない。

 皆、四季を見ず、仲の良い友達と共に楽しく話していた。


 いつもなら孤立している自分に嫌悪感を感じていたが、今だけは安心していた。


 安堵の息を吐きながら廊下を歩いていた時、背後から肩を叩かれ勢いよく振り向いた。


「わっ!? ど、どうしたの?」


 振り向いた先には、最近話していなかった友恵が驚愕の表情を浮かべ立っていた。


「ハァ、ハァ…………」


 なぜ今、友恵が声をかけてきたのか。

 なぜ、周りの目がある学校の廊下で近づいてきたのか。


 疑問が沢山浮かぶが心臓が波を打ち、呼吸が上手く出来ず質問出来ない。

 胸を押さえていると、友恵は友達の時と変わらないように心配してきた。


「大丈夫? どこか痛いの?」


 なんで、今更そんなことを聞いて来るのか。

 なんで、心配するのか。


 疑問が次々浮かぶが、そんな疑問より怒りや嫌悪感が勝り、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてしまった。


「うるさい、うるさい!! あんたには関係ないでしょ!! もう話しかけないで!」


 金切り声を上げ、四季は背を向ける。

 何が起きたのかわからない友恵は目を開き、その場から動けない。


 伸ばそうとした手は空を握り、四季を引き留める事が出来なかった。


 ※


 今日も一日、友恵と結城は、共に過ごしていた。


 それを見て苦しくもなるが、逆に累とのやり取りは知られていないという安心感もあった。


 ため息を吐き、帰るために椅子から立ち上がる。


 教室から出ると、ポケットに入れていたスマホが震えた。

 画面を見ると、文字化けしている不気味なメールが届いており、驚く。


 思わず体を震わせ、立ち止まった。

 恐る恐るメールを開くと、【公園に来い】との短い文字だけが書かれていた。


 普通なら迷惑メールだの詐欺だのを疑う内容だが、四季は一瞬にして誰からのメールか理解できた。


 さっきまで怯えていた表情が、呆れたような表情に切り替わり、深いため息をこぼす。


 怒りが込み上げてくるが何とか押さえ咳払い、スマホをポケットの中に戻し歩き出した。


 真っすぐ公園へと向かった四季は、子供達が駆け回る光景に首を傾げた。


 こんな所にあんな乱暴そうな人が来るなんてとありえない。 

 不思議に思っていると、四季の影が急に動き出した。


 だが、彼女は気づかない。

 周りを見て、メールを送った人物を探す。


 諦めて帰ろうかと思った時、影が大きく動き出した。


 浮き上がり、四季を包み込む。

 気づいた時には遅く、咄嗟に伸ばした手は誰も掴んではくれない。


 すべてが影に呑み込まれ、四季の視界は黒くなり、意識を失った。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「――――ガハッ!!」


 薄暗い建物の隙間から、苦しげな声と共に四季が弾かれるように飛び出した。


 四つん這いになり咳き込んでいると、上から影が差す。


 何だろうと見上げると、いやらしい顔を浮かべている男性が数人、片手に斧や鎌を持ちながら見下ろしていた。


 何がどうなっているのか分からず、四季は恐怖で体を震わせる。

 小さな悲鳴を上げ、男性達を凝視した。


「おい、いい所に女が現れたぞ」

「これはいい、今日の夜にでも――――ククッ」


 捕まりたくない。けど、体が動かない。


 自分に伸ばされている手を見ているしか出来ない四季の頭は、疑問と驚愕で埋め尽くす。


「や、やめっ――――」


 捕まる一歩手前、突如男性の一人が悲鳴を上げ倒れた。


「なんだ!?」


 四季を襲おうとしていた男性達が振り向くと、そこには返り血で赤く染まっている累の姿があった。


 俯いていたため、表情がわからない。

 だが、男性達が振り向いたことで累は顔を上げた。


「ひっ!?」


 顔を上げた累の顔を見た人達は、四季を含め全員、悲鳴をあげ後ろに下がる。


 それもそのはず。


 薄暗い中に浮かぶ赤い瞳、感情の感じられない表情。

 男性を殺したことで付着した血、右手には赤く染まる影刀。


「おい。俺のもん依頼人に、何してやがる」


 地を這うような低く、掠れた声。

 鳥肌が立ち、汗が流れ落ちる。


 男性二人は、瞬時に殺されると思い、半泣きになりながら「うわぁぁぁあ!!」と、情けない声を出して逃げ出した。


 だが、それを累が逃がすわけない。


「――――クグツ」


 視線だけで追い、影に隠れていたクグツを呼ぶ。

 刹那、日本人形が姿を現し、男性を追いかけた。


 黒い長い髪は伸び始め、男性二人を捕らえる。

 動けなくなった二人の背後には、影刀を構えた累が立っていた。


「――――死ね」


 ――――シュッ


「「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」」



 男性二人の断末魔が響き渡った。

 四季は恐怖と困惑で涙を流し、体を縮こませた。


 耳と目を塞ぎ、起こっている出来事から目を背ける。


 断末魔が響き渡った数分後、辺りは静かになった。


 すると、血を洗い流すように辺りに雨が降り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

復讐代行者、陰影累の道 桜桃 @sakurannbo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画