無慈悲な世界で人間性を捨ててでも生きる。

句木緑

プロローグ 暗黒の時代

 俺は一人の老人に育てられた。両親はいない。

 言葉を濁してはっきり教えてくれなかったが、おそらく俺の親というのは真っ当な関係性ではなかった。


 …つまり、同意はなかったということだ。


 最初は驚き、どう受け止めるべきかと戸惑ったがこれは特別なことではない。同様の境遇の者は村中にいた。


 村は戦争に巻き込まれることがあれば、盗賊に襲われることもある。これはどうしようもないことなのだ。



 この世界に優しさや慈悲は無い。


 俺を育ててくれた爺さんだってそうだ。憐れに思ったのはあるかもしれない。でも、一番に考えたのは俺が有用な労働力だってことだ。


 子供だろうと大人だろうと関係なく村人は朝から日が落ちるまで働く、老いで限界を感じ始めた老人にとっては俺は好都合な存在だ。実際物心ついた頃には既に爺さんの代わりに一日中働かされていた。



 平和な世界で生きてた俺からしたら、ここは『倫理が欠如』しているように思える。

 子供だから優しくすることもなく、子供だからできないという発想はない。やれと命令し、できなければ暴力で言う事を聞かせる。


 他にも村でトラブルが起きれば私刑は当たり前。穏便に済んで指の切断、酷ければ殺されて豚の餌にされる。村八分なんてのは日常的なものだ。


 悪人だからそうするんじゃない。異常なのではない。これが普通なのだ。


 俺の価値観からすると、この世界にまともな人間なんていないんだろう。もし、このまま自分の価値観に固執すれば、精神が壊れてしまうに違いない。


 だから、捨てることにした。郷に入れば郷に従え。

 毎日、慣れろ慣れろと自己暗示をかける。理不尽な目に遭ったと感じた時、凄惨な光景を見たと感じた時、耐えがたい苦痛を感じた時…。


 じゃなきゃ、生きていけない。

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無慈悲な世界で人間性を捨ててでも生きる。 句木緑 @kukimidori

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