第7話
メタアースを照らす月明かり。星々が綺麗に輝く空とは真逆に、今日もまた不吉なことがこの世界で起ころうとしていた。
人気のない夜道を歩く女性の後ろから迫り来る怪しい影。足音を立てないそれに女性が気づく様子はない。
影はポケットにしまった手を外に出す。暗闇に光る白銀の刃。女性との距離を近づけるために足早になっていく。先ほどまで静かだった足音が鳴り始め、女性は自分とは違う足音の存在に気づいて身を凍らせた。
しかし、時はすでに遅かった。それに気づき、彼女が後ろを振り返る前に白銀の刃が彼女の背中を捉える。「うっ!」と女性は呻くと腹にゆっくりと手を添える。影は突き刺した刃を抜いていく。こぼれ落ちる赤い液体が彼女の手にも浸透していく。
予感が実感に変わった時、彼女をひどい激痛が襲った。立つことがままならなくなり、ゆっくりと崩れ落ちていく。
やがて彼女の体は光り、この世界から消えていく。彼女はこの仮想世界で死んだのだ。
影は達成感を感じたのかその場に立ち止まる。
今回で3回目となる復讐代行。徐々に人を殺すことに慣れていく自分に驚いていた。最初は刺すことすら躊躇っていたのに、今はそんな気は全く起こらない。仮想世界だからいいもののもし現実世界で同じことをしてしまったらと思うと鳥肌が立った。
撤退しようと一息つくと刃物をポケットにしまった。
刹那、彼の前が明るく照らされる。暗闇から唐突に光が漏れたことで、眩しさゆえに腕で顔を伏せた。その腕が何者かに掴まれる。
反応した時にはすでに取り返しのつかないところまで来ていた。影の体が持ち上がり、手技を喰らう。背中を強く地面に打ち付けられ、声にならない叫び声が上がる。しばらく立ち上がることができなかった。
もがいている影の前にもう二つの光が灯る。それはリープ時に出るエフェクトだった。
「貴様が復讐代行者だな。銃刀法違反、及び傷害罪で現行犯逮捕する」
現れた刑事、響 正善はそう言って影である男性の両手に手錠をかけた。そして、彼は最初に現れた光に笑顔を向ける。
「ありがとう、奏音。お前のおかげで無事に捕まえることができた」
そう。最初に加害者の元に現れたのは奏音の『リモートアバター』だった。
「どういたしまして。マサくんの役に立ててよかった」
奏音は正善の表情に同調するように頬を緩めた。
あの夜、正善が閃いたのは『リモートアバター』を使っての犯人の捕獲だった。
奏音のような『仮想不適合症』の患者にメタアースのオブザーバーを担ってもらうことにした。強制ログアウトは救急隊員に通知される。その際にどこでログアウトしたのかをオブザーバーにも知らせるのだ。オブザーバーはログアウトした位置をログインの場所として『リモートアバター』でログインする。そして、コントローラーを使って、目の前にいるナイフを持った犯人を取り押さえるのだ。リモートアバターには知覚機能は存在しない。それゆえに多少の暴挙があってもユーザー自身が損傷を負うことはない。
復讐代行を止める唯一の方法は刺したところを取り押さえ、銃刀法違反及び傷害罪で現行犯で逮捕することだった。これにより、復讐代行の報酬よりも高い罰金が加害者に課される。被害者が出てしまうのが難点ではあるが、これを続けていけば、復讐代行は高リスク低リターンになる。そうなれば、復讐代行をやろうなんて者は減ってくることだろう。
「これで10件目の逮捕だね」
「ここ最近は事件数も減少している。コツコツやれば、いずれ限りなくゼロになるはずだ」
まだまだ道は長い。しかし、一歩ずつ確実に事件を抑制することができている。復讐代行が解消されるのは時間の問題だろう。
「私、また誰かの役に立ててすごく嬉しい」
奏音を含めた仮想不適合症の患者も最近は活気に満ち溢れていた。皆、また社会貢献ができるようになって喜んでいる様子だ。
こうして、正善はメタアースの治安を守ることに成功した。復讐代行の事件数は毎日少しずつだが、着実に減っていくこととなった。
【短編】仮想世界での死の災い 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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