第6話

 夜、正善は自宅のソファーでくつろぎながら白い天井を見上げていた。


 復讐代行を止める方法を思いつくことはなかった。

 犯人は事件ごとに変わっていく。最近の事件発生数を考えると、捕まえる速度よりも伝達される速度の方が早いのは日の目を見るほど明らかだ。


 傷害事件はメタアースでの生活が始まってから唯一上昇傾向にあったのだ。復讐代行が潰えることはおそらくないだろう。


 みんな誰かしらに恨みを抱えている。それをノーリスクで晴らすことができるのだ。手を伸ばさないはずはない。殺傷による強制ログアウトは『単独の言葉の暴力みたいなもの』だ。仮想不適合症などの精神疾患を患ってようやく捜査することができる。だがそれでは遅い。


「マサくん、そんな顔してどうしたの?」


 天井を見上げていると正善の視界に奏音の姿が映し出される。彼女はいつものように穏やかな笑みを浮かべてくれた。


「奏音、ごめん」


 正善は奏音の姿を見て、思わず謝ってしまった。彼女のために解決しようと決めた事件が解決不能な事件だと知って申し訳なく思ったのだ。


 まるで彼女の病が一生治らないと告知されたような感覚だった。


「まったく、らしくないな〜」


 奏音は困ったような表情をしながら正善の隣へと腰掛ける。正善は天井を見るのをやめて奏音の方を向いた。


「お前を守ろうと思って刑事になったのに、今回の事件ではそれは果たせそうにない」


「私は十分、マサくんに守ってもらっているよ。ねえ、私でよければ話を聞かせて」


 正善は奏音の願いに答えることにした。彼女に話すことで少しでも自分の中にある暗闇を明るく照らすことができると思った。


 今回の事件の概要、今日起こったこと、そして復讐代行という世界を脅かす存在について言える限り細かく彼女に伝えた。


 正善は話しながらも奏音に伝えたことを後悔した。彼女を仮想不適合症に追いやったのと今回の事件は類似している。場合によっては、彼女のトラウマを蘇らせる可能性があった。


 エゴのために大切な人に恐怖を与える話をしてしまった自分をみっともなく思った。

 しかし、奏音は一つも嫌な顔をせず、終始穏やかな表情で正善の話を聞いてくれた。それだけが正善にとって救いだった。


「今回の事件は、賭博や麻薬みたいなものだ。違法だと分かっていても欲望に負けて手を伸ばしてしまう。一番いい方法は復讐代行という存在を世間に知られないことなのだが、それももう叶うことはない。傷害事件が何度も起きれば、仮想不適合症患者を増やす要因になりうる。だからなんとしてでも解決したい。だが、一向に解決の糸口が見えないんだ」


「そっか。それはとても大変だね」


 奏音はそう言って、正善の体を抱きしめた。正善は奏音の温もりを感じ、自身もまた彼女の背中に手を添える。


「私ね、マサくんがいてくれて本当に良かったって思ってるんだ。すごく嫌な目に遭って、人なんて信じることができなくなっていた。でも、マサくんが毎日のように家に来て、私を元気付けてくれたから私はもうちょっと頑張ってみようと思ったんだよ。毎日コツコツと仮想不適合症の克服に向けて頑張れているのは、あの時のマサくんが毎日コツコツと私を元気付けてくれようとしたことに感化されてだと思うの。だから私は何があってもマサくんを幻滅したりなんてしない。すぐに解決できなくても、昔みたいに毎日コツコツ頑張ろうよ」


 彼女の言葉が正善の心を満たしていく。先ほどまで抱えていた闇が少しずつ消えていくのが分かった。正善にとって奏音という存在はいつまで経っても愛しく癒される存在だった。


「ありがとう。奏音にそう言ってもらえて嬉しいよ」


「これくらいのことしか私にはできないからね。せめて捜査に役立つ手助けができればいいのだけど、私はメタアースには入れないから」


 奏音は参った表情を正善に向けた。しかし、彼の意識は奏音へと向いていなかった。彼女の言葉に何か引っ掛かりを覚えたのだ。


 これまでの流れが正善の頭の中を永遠と駆け巡る。復讐代行の解決の糸口は今までの中に隠されていたのだ。


 点と点が徐々に線になっていく。正善は「そうか!」と思わず声を大にして叫んだ。部屋に響く彼の声に奏音は驚いた。


「ありがとう。そうだ、毎日コツコツやれば、きっと復讐代行を止められる」


 正善は驚いた彼女に構うことなく感謝した。今の彼は崩壊したパズルが完成したことの喜びに満たされていたのだ。

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