第5話

 正善と純香は犯人を連れて警察本部へとリープした。

 リープはメタアース特有の移動手段だ。マップで目的地をタップし、『リープ』と書かれたボタンを押せば、現在地から目的地へと一気に移動することができる。


 基本的にリープはアバターの持ち主しか使えない。しかし、警察は特権として他者のアバターをリープさせることができる。


「どうして、お前は俺を刺そうとした?」


 犯人を取調室へと運ぶと、正善は凶器であるナイフをテーブルに置いて尋問を始める。


「頼まれたんだ」


「誰にだ?」


「誰かは分からない。アカウントネームでの依頼だったから」


 どうやら犯人はSNSでやりとりをして犯行に及んだらしい。


「いつからこんなことをしている?」


「先週くらいだ。割のいい仕事があるって知人から教えてもらったんだ」


 正善は怪訝な表情を浮かべる。

 これまでの傷害事件に関して、彼は部分的にしか関わっていないのだ。主犯は他にいるということだろう。


「お前たちは複数人で行動しているのか?」


「複数人なんて表現をしていい数じゃない。刑事さん、復讐代行って知らないか? SNSやゲームで出会った知人に頼まれて、知人が恨んでいる相手に代わりに復讐するって仕事さ。アバターを破壊するだけで何万ももらえる。別に実際に誰かを殺すわけではない。破壊すれば傷害罪にはならない。低リスク高リターンの仕事ってやつだ」


「今回みたいにナイフを持った状態で捕獲されれば銃刀法違反というリスクがある。そうなれば数万なんかの罰金じゃ済まされないぞ。それは考えなかったのか?」


「刑事さんみたいにそこまで用意周到なやつはいねえよ。人気がないところで後ろから刺して去っていくなんてのは案外楽な仕事だぜ。場合によっては、依頼主に頼んで標的を泥酔させて油断させることだって可能だ」


 犯人の言う通りだ。今回のように犯人を誘導して動画で撮影するなんてことを日常的にはやらない。数十件も同一の傷害事件が発生している以上、『なんの前触れもなく標的を殺傷して強制ログアウト。そのまま逃走して証拠を隠滅』と言うのが普通なのだろう。


「その復讐代行っていうのは誰が運営しているのか知ってるか?」


 最後の砦は主犯格、運営をしているサイトを潰すしかない。復讐代行事態を壊滅させてしまえば、依頼が発生することはないのだ。


「運営なんてしてないよ。みんなそれぞれ個人個人でお願いしているのさ。復讐代行っていうのは概念みたいなものさ。その時その時で人が変わる」


 犯人の証言に正善は驚愕した。


「どこまでも舐めたことしやがる」と怒りで歯を力一杯食いしばった。


 しかし、これはとんでもないほどの非常事態だ。

 復讐代行という概念が全世界に知れ渡ってしまえば、大混乱は免れない。

 正善は頭を悩めた。大混乱が起こる前にこの事件の鎮圧方法を考えなければならない。


 だが、実態のない概念をどう鎮圧すれば良いのだろうか。

 この世界の在り方が問われる事象に正善は直面することとなった。

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