第4話

 今夜のメタアースは大層賑わっていた。繁華街にある飲食店では仕事を終えた大人たちが酒を交わしながらワイワイ騒いでいる。正善は彼らの様子を見ながら繁華街を歩いていた。


 昔は二日酔いという言葉があった。しかし、酒もまた仮想的な飲み物となったことで酔いはログアウトすればすぐに解消される。そのため酔いを翌日まで引きずるということは今の世界では起こらなくなった。だからみんな気兼ねなく酒を堪能している。今日が金曜日であるのも大きいだろう。大抵の社会人は水土日が休みのため、明日は休日の人間が多い。


「後ろの様子はどうだ?」


 正善は歩きながらもシークレットホロウウィンドウで純香と連絡を取り合っていた。

 一般的なホロウウィンドウは開いた画面が他者からも見えるようになっている。しかし、シークレットホロウウィンドウでは自分のみが画面を閲覧できるようになっているのだ。


 シークレットホロウウィンドウに映された純香とのチャットに、脳内で唱えた文字を起こす『脳内テキスト』で文字を入力する。


「今のところ不審な人物はいませんね」


 純香からの返事はすぐに来た。彼女は繁華街の外れにある公園に滞在し、正善が掛けてる眼鏡の耳当てに搭載された小型カメラを見ながら彼の背後の様子を窺っていた。 


 呼吸をするごとに白い吐息が現れる。コートを着ているのに外界の空気が肌に染みる。

 メタアースの現在の季節は冬。ファッションや植物の観点からこの国では四季が取り入れられている。


 街を歩く人は寒さのためか漏れなくマフラーに手袋、あるいはポケットに手を突っ込んでいる。これならば、すぐにナイフを取り出すためにポケットに手を突っ込んでいたとしても怪しまれることはない。


 繁華街を抜けると先ほどまで地面を照らしていた灯りはすっかり消え、暗い道が現れる。正善はそのまま純香のいる公園に向かって歩いていった。


「先輩、後ろから一人ついてきています」


 純香からのメッセージに正善は一人でに笑みを浮かべる。

 予想通り、餌をやったら魚が釣れて喜びを隠せなかった。


 被害にあった男性からの事情聴取を終えた後、彼が叱責したと言った部下と息子の元へと向かった。そこでは見るに耐えないほどの傲慢な態度で正善は彼らに事情聴取を行った。


 もし、二人の内どちらかが男性に被害を及ぼしたのであれば、正善の言動に腹を立てて同じ行動に出ると踏んだのだ。無罪側には良心が痛む行動だったが、背に腹は代えられない。


 正善は気づかないふりをしながら、公園に向けて歩いていく。道を歩く人がちらほらいるため犯行に及ぶのはもう少し経ってからだろう。


 忍耐との勝負。如何に気づかれずに相手を誘導できるかが勝負だ。刺されたとしても最悪の場合、純香が犯人を取り押さえてくれるはずだ。そう考えると心に余裕が生まれる。


 繁華街を外れて歩くこと五分。正善は公園へと入っていった。ここは木に囲まれているため死角ができやすく、人に見られにくい。しかも、公園は静寂に包まれ、人気は全くない。


「対象も公園に入りました。彼で間違いなさそうです。私もそちらへ向かいます」


 純香からのメッセージが届くとチャット内に動画が映し出される。正善の背後を映し出した映像だ。そこには、ロングコートを着た男性が正善の跡をつけていた。


 彼がここ連日の傷害事件の犯人か。正善は思わず眉間に皺を寄せた。

 犯人を捕まえる際は凶器となるナイフを出させる必要がある。傷害罪ではなく、銃刀法違反で逮捕するためだ。さらに、刺す様子を動画で撮れば、こちら側はかなり有利になる。


 二人の距離が少しずつ縮まっていく。犯人は公園に入ると正善の元へと足を早めた。正善は気づかぬふりをして歩く。


 緊張が走る。どこかで動向を見守っている純香もきっと同じ心情だろう。

 公園の中央辺りに来たところで犯人が動き始める。ポケットにしまっていた手を取り出すと街灯に反射した光物が見える。手は手袋でコーティングされており、指紋をつけないように工夫がされていた。


 光物を取り出したところで犯人が走り出す。正善はその瞬間にすぐに後ろを振り向いた。


 犯人の瞳孔が開くのがわかった。しかし、もう後には引けない。彼はそのまま正善の元へと走ってくる。正善は彼の差し出すナイフを華麗に避ける。伸びた腕を持ち、彼の背後に引っ張ると同時に足を引っ掛け、犯人を転ばせる。


 結果は何とも呆気ないものだった。動向を見守っていた純香がすぐにやって来ると犯人の両腕を手錠で拘束した。

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