第9話 《今の姿がどんなに滑稽だろうと……》
「水ぶくれして、早くしないと書けなくなっちゃう」
まっしぐらに噴水へと突っ走る。
ずんずんずんずん。
どんどんどんどん噴水が迫ってくる。
息を荒くした陽子は、膝を曲げるようにして、腰を落として立ち止まろうとした。
が、その時、急にめまいがした。
陽子はそのせいで、一呼吸止まるのが遅れた。
気がついたら、目と鼻の先に揺れ動く波紋の水がくっつきそうだった。
衝撃を全身に感じて、驚いて目を開けると、ゆらゆらした水の中だ。
冷たい。
呼吸ができない。
訳がわからないまま、思いきり腰を中心にして、全身をくねらせ起き上がった。
ずぶ濡れの女が、まるでアシカのように噴水の中から飛び出した。
気がつくと、噴水の周りを取り囲むように、人の気配がする。
老人や、青ジャンの男や、主婦とその子供たちが、心配そうな顔をして、こっちを覗き込んでいる。
陽子は水の中にしゃがんだ恰好で、水中を手さぐりしはじめた。
その様子は、まるで泳いでいるようにも見える。
「おかあーさん。おねえちゃんが、およいでる」
幼稚園の男の子の声が、陽子にも聞こえた。
陽子は、もうどうでもいいと思った。
誰に何と思われようと、今の姿がどんなに滑稽だろうと、それがどうしたというのだ。
水の中であわあわと揺れ動いていた陽子の手が、突然止まった。
陽子はゆっくり立ち上がった。
両手を胸に押し当てて、何かを握りながら、震えて立っている。
噴水の水から出ようとした時、目の前に信也が立っていた。
口許が固く結ばれ、目はいつもより大きく見開かれている。
何度も片手で自分のおでこをさすりながら、下を向いては、私を見上げて、どうしていいのか、分からないふうでいる。
「赤ペン無事だったよ」
陽子はさりげなく信也にそうつぶやくと、自分の顔が歪んでいくのを感じた。
もう、どこでもいいから、泣き伏したい気持ちだった。
ずぶ濡れ赤ペンガール 夢ノ命 @yumenoto
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