第2話 朝餉

再び、さまざまな種類の犬が描かれたキッチンカーペットの上。

 

「ワフッ」


 我は跳躍し流し台に餌皿を置いた。


 そして同時に蛇口のレバーを倒す。


 どうだ。これが出来る柴犬の実力である。


 ひとりでにドヤっていると、水の勢いよく出る音、餌皿の動く音が聞こえた。


 周囲に水飛沫が僅かに飛び散る。


 危ない、危ない。


 今日も被害は最小限にだ。


「ワン!」


 後ろ足に力を込めて、華麗に跳躍する。


 そして、レバーを押し上げると華麗に着地。


 忍びが足音を立てぬような感じで。


 下の階に住まう住人に迷惑をかけてはいけないからな。


 群れることを嫌っても、その辺はわきまえている。


 あれ? 冷たいな。


 うむ。

 少し濡れてしまったようだ。


 頭の辺りがひんやりする。


 まぁ、これくらいでブルブルすれば問題ないだろう。


 我はブルブルを体を震わせた。


 こうすると毛先に付着した水分はほとんど飛ぶ。


 犬であることの利点だな。


 そうこうしている内に、濡れて倒れていた毛先が立ち上がる。


 いい感じだ、こんなところであろう。


 それよりも、カーペットだな……どうしたものか。


 カーペットには、先程の水飛沫とブルブルしたことにより、飛んだ水滴があった。


「ワフゥ……」


 何か拭くものはないのだろうか?


 周囲を見渡す。


 あ、ハンカチが落ちているではないか。


 飼い主よ、さては……我を拭いて満足したのだな。


 どうして、一つしたら、一つ出来なくなるだろうか。


 これで狩り場での務めを果たせているのだろうか?


 時々、心配になる。


 だが、今回はちょうどいい。


 これなら使っても怪しまれぬだろう。


 後ろ足の爪に引っ掛けて。


 用を足した時、砂をかけるようにと。

 


 ーーッシャ、シャッ!



 よし、あとは前足でポンポンすれば完璧だな。



 ーーポンポン……ポンポン。



 これで元通りだ。


 あとは窓を開けて換気すれば、自然に乾くだろう。


 濡れたハンカチはそうだな……日の当たる場所に持っていくか。


 我は、ハンカチを咥えリビングに移動し窓を開けた。


 いい風だな。気温もちょうどいい。

 

 さて寝て待つか。


 ハンカチをカーテン内側に置き、飼い主が使っているブランケットを寝室から引きずり出し、帰りを待つことにした。


 エレベーターとやらの「三階です、ドアが閉まります」という声が聞こえた。


「ワ、ワフ?!」


 慌てて体を起こし周囲を視線をやる。日が沈み、すっかり暗くなっているではないか。


 しまった寝過ぎたようだ。


 だが、まだ飼い主は帰ってこない。


 どうやら今のエレベーターには乗っていなかったようだ。


「ッフ!」


 ああ、そうであった。ハンカチを元あった場所に戻しておかないとだな。


 いや、我が咥えていくことで、忘れていたことを教えるべきだろうか。


 夜風が流れる窓周辺で思考を巡らせていると、全身に寒気が走った。


 寒い。

 とりあえず、窓を締めよう。


 ブランケットを背中に乗せながら、前足で窓を締め、頭を使って鍵もかける。


 これで問題なしだな。


 そうこうしていると、玄関の鍵と扉が開く音がした。 

 

 「たっ、だいま~! コムギ元気してた? 今日はね――」


 飼い主は家に着くなり、我の元へと駆け寄る。よれた化粧に汗のにおい。


 もちろん、靴によって蒸れた足からもぷーんと本能を刺激する香りがした。


「グルルゥ……」


 何故こんなにも腹が立つのだろう。同じ飼い主のにおいだというのに、敵対心がふつふつと湧き上がってくる。


 噛みたい、もちろん飼い主ではない。だが、靴下を。強いにおいを発している靴下を振り回したい。力の限り。


 血走っている我が面白いのか、飼い主は靴下をじらすように脱ぎ、目の前で揺らした。


「なぁに? もしかしてこれが欲しいの?」


「ワン!」


 そうだ、我にその靴下寄こすのだ。飼い主をよ。


 目配せしたかと思えば振りかぶり「じゃあ、とってこーい」、靴下を放り投げた。


 我はそれを必死に追いかける。うむ、ハンカチのことももはやどうでもよい。


 近くに飼い主いて、かぐわしい香りのした靴下を心の赴くまま振り回す、この瞬間が好きなのだから。

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犬時々、晴れ。 ほしのしずく @hosinosizuku0723

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