『ATTRA:GAME』〜異世界帰りの少年は、命懸けの対戦アプリで無双する〜

環状線EX

プロローグ


 ナイフを持って走る。

 力を入れれば壊れてしまいそうな木の板を張っただけの原始的な地面を踏む。


「──ッ!」


 同時に腕を振れば首が落ちた。

 血が噴き出すのも確認することもなく次の標的へとナイフを滑り込ませる。

 右腕を切り付け、怯んだところに低くした態勢から跳ね上げるようにしてナイフを振り上げた。

 そうすれば赤いボールペンを強くノートに押し付け線を引いて滲んだ時のように、いや、もっと、どろどろとした赤い線がしぶきを纏いながら空に舞う。


 だが、それだけでは終わらない。

 木でできた砦などこの世界でさえも旧式に等しくまさに旧文明の遺産であるこの場所にはまだ俺の首を取らんと剣を振り上げる無数の男たちが居た。

 木の板の隙間を流れる血糊に脚を取られることにも構わずに俺は前進した。

 前方から三人。

 狭い通路上であるがゆえに一人づつしか接敵していなかったが、少し幅が広くなったからか人数も増えた。


 だが、やることは変わらない。


「このっ」


 今では聞きなれた異世界語、いや、ここらで話されている「北人間語」なるものを漏らす兵士に俺は変わらずナイフを突きつけた。

 喉を突き刺し、一人を無力化する。

 だが、その隙を狙って残りの二人が剣を振り下ろさんとするので、仕方なく俺はナイフをその場に残してしゃがみ込む。


「ふっ──!」


 そのまま腕を突き出し、相手をひるませ次の動きにつなげる。

 所詮は武装した兵士相手に素手での攻撃、当然無力化までにはいたらない。

 だがら、素手以外の方法を俺はとる。


 素手以外と言えば、先ほどの兵士の喉に突き刺したナイフも該当するがそんなものを回収する暇などない。

 俺は低い体制のまま兵士の片方が腰に挿した短剣を掴み、相手を引きはがすように足で胴を蹴った。


 そしてよろけた兵士は無視してもう片方へと攻撃を浴びせる。

 無論警戒はしていたであろうが、それでも兵士には俺が徒手空拳で対応してくるという考えがあったのだろう。

 ほんの一瞬ではあるが隙を見せた。

 それだけで十分だ。

 俺はナイフを喉元へ着きつけ、さらに流れるように先ほど蹴りを入れた兵士も復帰してきたのでとどめを刺した。


「ぐっ!?」


 痛みか、それとも驚きによってなのか分からないが、兵士は情けない声を上げてその場に伏した。

 そして俺は他にもいたはずの兵士が襲い掛かってこないことに気付いた。

 いや、一瞬、動きを止めただけだったかもしれない。


 恐らく腕自慢の兵士だったのだろう。

 他の兵士たちより心なしか、待遇のよさそうな装いをしている。

 それが死体となって動揺が走ったのだろう。


 だが、それでも怖気づくなんてことはなかった。

 兵士は確かに一瞬の戸惑いの末にこちらに向かってきた。

 それでも一瞬は俺に与えたのだ。


 先ほどの実力者であろう兵士が一瞬を俺に与えたように。

 ただの一般兵がそれを与えればどうなるかくらいは分かるだろう。


 その一瞬が勝敗を分ける。







 ◆


「よくやった。ナオ」


 ひげ面の男は俺にそう言った。

 俺は、いや、俺たちは勝ったのだ。


 結局あの一瞬で兵士を振り切り、俺は砦を開けた。

 そしてそこから百を超える者たちがなだれ込み敵将の首を取って戦争は終わったのだ。


「ダット、またお前のとこのか」


 ひげ面──ダットは集まって来た男どもに話しかけられる。


「そいつ、俺に譲ってくれよ。言い値で買うからさぁ」

「おいおい、抜け駆けすんなよ」

「そうだ。それにお前んとこの奴隷、前に栄養失調で死んでたろ。良いのが居てもうまく使えねぇだろうが」


「まあ、待て」と盛り上がる男たちにダットは声をかける。


「こいつがいるだけで俺はいくらでも戦争に勝てるんだぜ。お前らにゃやらねえよ」


 ダットはそう言った。


 そう、俺は奴隷だ。

 あの日、この世界に来て運悪くこの男に出会ってしまったときから。


「なぁ、ナオ」


 男にしては女っぽい名前だのと、そんな感覚すら共有できない異郷の男は俺に向かってそう言った。






 ◆


 あれから数日、俺はまた戦場に居た。

 随分と静かな戦場に。


 時刻はなどと話し出すことも出来ずに、ただ、今は暗くて夜なのだろうとしか判断がつかない森の中に俺は居た。

 当然俺を所有するダットも同様に。


「良いか。今回の敵は大物だ」


 そんな前置きからダットは会話を始めた。

 いや、会話などとは言えないだろう。

 どういうわけか言葉を、母国語である日本語すらも発することが出来ない術を掛けられた俺は言語を操ることすらできない。

 そんな仕打ちをしている相手に足して会話などと言った考えを持っているわけはないだろう。


 ただ、機械に命令を送るかのように必要なことを言うだけ。

 まるで相打ちを求めようとするかのような言動も取るが、俺に話す権利を与えてない時点でそんな気はないのだろう。


「何でも、シセン砦を作ったやつの弟子らしい」


 シセン砦。

 それは数日前俺が落とした木でできた砦だ。

 そしてそれを作った人物と関係することが重要であると言うのには理由がある。


 この世界においても木の砦と言うは古典的な部類になる。

 だが、なぜそれが実際に使われていたかと言えば、木であってもその条件が不利には働かないからだ。


 いいや、木であるからこそそれは意味を成すと言うべきか。

 この世界には「魔術」と言うものが存在する。

 そしてこの異世界小説よろしくな術はシセン砦にも使われていた。


 噂によれば、より生物に近い木で作った砦の方が石よりも術の効果が発揮しやすいとかで、シセン砦は木造でありながら現役で使用されていた。

 とにかくそんなこんなで術を掛けられたのがシセン砦と言うわけだが、この世界での魔術を使えるものたちの評価は一律に高い。


 単純に戦略的に大きな意味を持つ今回のような砦を作れるということはもちろんなのだが、それ以前に単純に直接戦闘でも無類の強さを誇るのだ。

 そしてその魔術を使う者の弟子が今回の戦場にいるとなれば大きな障壁となるのは間違いなかった。


 それは俺よりこの世界の住人であるこの男の方が良く知っているのだろう。

 そのうえで目の前の男は言った。


「そいつをお前が討て」


 否定も肯定も俺には出来ない。

 言葉が発せないし、それ以前に奴隷に拒否権などない。

 こんな状況にも随分と慣れてしまったことを嫌に思いながら最期になるかもしれない装備の確認をした。


 数時間もする前に俺の出番は来た。

 未だあたりは暗いがそんなことは関係ないとばかりに俺は出撃させられた。


 森と言うのは厄介で木々の間を抜けるだけでも一苦労だ。

 それに夜で暗いと言う条件を付け加えるならば最悪と言っても良かった。

 速度を上げれば衝突して脳を揺らしかねないが、生憎俺には速度を落とすことは出来なかった。

 ダットが全速力で走って行けと言えば、俺はバカみたいに言葉通りにくみ取って従うしかなかった。


 ああ、バカだ。

 すべてがバカだ。

 きっとこの世界もバカなのだろう。


 バカだから、何の前置きもなくそれを俺の目の前に引きずりだしたのだろう。


「そうか、分かるよ。君がシセンで十五人斬りをした黒髪の奴隷だね」


 数何て数えて誇るような変態的な趣味はないから、そんなに斬ったのかと思いながら目の前の人影を見た。

 俺と違い変態的な趣味を相手は持っているようで、露出癖を随分とこじらせた格好をした女がそこにいた。


 この世界ではと言うと少し違ってくるが、この北の大地では特に肌を隠す傾向がある。

 それなのに下着じゃ利かない布面積の女が居れば相当に頭を疑うだろう。


「声……いや、言語の禁。えぐいねぇ、君のご主人様」


 女がそう言うが俺は気にせず攻撃に移っていた。

 マンガじゃないのだ、待つ通りはない。

 それに第一俺は会話など出来ないのだ。


 随分とナイフを入れやすい格好と引き締まった身体に刃を立てる。

 黄金比とも言えるほど綺麗な体は解体用の線が引いてあるかのようにわかりやすい。

 そしてその結果を表すかのようにナイフは彼女の身体を綺麗に斬った。


 ナイフと短剣で分割などと言うことは出来ないがそれでも武装した兵士相手よりは幾分も不覚ナイフは女の身体を滑った。

 だが。


「話してる途中だよ」


 相手は魔術を使う。

 当然、この世界の上澄み。

 俺が簡単に殺せるなんてことはない。


 彼女の言葉が紡がれたとき、俺の身体には激痛が走った。

 激痛が走るのは紛れもなく俺が彼女に対して切り付けた部位であり、まるで攻撃を跳ね返されたかのような、そんな現象だった。

 ただ、攻撃をそっくりそのまま返されて、斬られた、と思った俺の考えは正解ではなかった。

 彼女が行ったのは感覚の共有だけで、ダメージ自体は俺に跳ね返ってなかったのだ。


 だがそれでも致命的な隙を生んでしまったことには変わりなかった。

 目の前の女は、いや、目の前にいた女はその場からパッと消えるように一瞬の隙に俺に迫っていた。

 超人的な身体能力とは言わないだろう。

 紛れもなくそれは魔術である。


「──ッ!?」


 すぐさま腹部に感じる激痛と共に、今度こそ物理的なダメージが与えられていることを確信する。

 目線を下げれば、女の腕が俺の腹部に突き刺さっているのが見えた。

 そして内臓を弄るように俺の中で指を動かす嫌な感覚に顔をしかめながら、俺は何とか蹴りを繰り出す。


「おっと」


 間抜けな声を出しながらも掠ることなく後退する女を俺は睨んだ。

 そしてそんな俺を見て声を漏らす。


「凄いねぇ。それが君の力ってことだよね」


 女は言う。

 そしてそれは俺が悠長に腹部の怪我を気にせず女を睨むことが出来る理由でもあった。

 腹に穴をあけられているのにも関わらず失血などという考えをせずいられえる理由。


『お前のその力があれば今回もいけるだろ』


 ダットは戦闘が始まる前にそう言った。

 そして戦況に大きくかかわるその力と言うのが、俺がこの世界に来て持った超人的な回復力だった。


 みるみる俺の腹はふさがって傷跡こそ残るものの動くのに支障がなくなる程度まで回復する。


「そうかやっぱりか。なんとなくで仕掛けてみたけど正解みたい」


 俺がナイフを短剣を構えるも女は気にせず話し始めた。

 何に思い至ったか知らないが、やることは変わらない。

 俺は再度地面を蹴った。


「君って、異世界人って奴だよね」


 俺の脚は地面をこすりながらその場に踏みとどまった。

 異世界人。

 異世界ものの小説では別に珍しくもないその言葉に思わず目を見開いた。


 異世界という概念自体この世界にはないはずで。

 それ故に疑問符が頭の中でひしめき合った。

 他にもいるのか、そう言う考えはあった。

 だが、多くの戦場に出向いた俺でも一度もその手の噂は聞かなかった。


 そして、俺の考えがまとまる前に女は言った。


「おめでとう。君、帰れるよ」


「は?」と声を出したかった。

 状況が読み取れなかった。

 すべての段階を吹っ飛ばしてゴールを突き付けられたようなそんな感覚に俺は思考を完全に止めてしまった。


「そして、私も向こうに行ける。君を起点に魔術を発動する」


 態々説明を始める女を他所に俺は自身の腹部に何かを感じた。

 そして先ほど内臓を弄られたときに仕掛けられたのだと気付いた時には意識は朦朧としていた。

 

「あ、そうそう。魔術発動はそれきりで終われば元通りだから気にしないでね」


 異世界での最後の言葉はそんな女の声だった。

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