犬に宿った3日間

@suono

第1話

「あーもう朝か...」

重いまぶたをなんとか上げてスマホのアラームを切る。朝早くから鳴いている蝉のせいですごく気分が悪い。不機嫌を隠さないまま下に降りると、

「朝からなんでそんなに機嫌が悪いの?」

と早速お母さんから言われた。さらに苛立ってきて

「別に」

と返した。あー、朝からなんでこんなにもイライラするんだろう。まだ小言を言い続けているお母さんのことは無視してさっさと準備して学校に行こう。


学校につくと、いつも一緒にいる乃愛、美愛、優愛が走って寄ってきて

「おはよう梨愛!今日も相変わらず遅いね!」

と言ってきた。乃愛はとても可愛くてキラキラしている女の子。美愛はボーイッシュでスポーツ万能。そして優愛はおっとりしているけど、しっかり芯がある女の子。優愛とは家が近く、小学生の頃から仲が良い。そして乃愛と美愛は高校生になってから知り合った。

「しょうがないじゃん。朝起きられないんだもん。間に合ってるだけ良くない?」

中身のない話をしていると、チャイムが鳴って、みんな一斉に席につく。担任の先生が入ってきて連絡事項を話しているような気がするけどまともに聞かないでスマホをいじる。

「ねえ、今日英語テストだってよー」

「どうしよう、全然勉強してないんだけど」

「優愛〜教えてよ〜」

気づくともう5分休憩らしい。全く聞いてなかった私は

「え?今日テストなの?知らないんだけど」

「話聞いてなかったの?さっき先生言ってたじゃん」

と美愛に言われた。

「いっか、知ってもどうせ赤点だし」

あははーとみんな笑っている。いつも4人で話す時は大体私に席に集まってくる。ただ私の席がみんなの席の中間辺りにあるからということだろう。

授業を適当に受け、英語のテストもわからないけどとりあえず埋めてやり過ごしていたら、もうお昼の時間がやってきた。お昼も当然4人で食べる。

「ねえ!今度駅前にあるカフェ行こうよ」

と乃愛が言うと、いいねとみんなが口々に言う。私は内心やだなと思いながらも

「いいね!行きたい!」

と言う。

はあ、疲れる。この4人でいるととても疲れるのだ。特に乃愛と美愛はやたらとSNSとか流行りを気にする。正直そういうものに全く興味がない私にとってはこのメンバーといるのは精神的にとても疲れる。優愛もそういうタイプなはずだが、本当のところ二人のことをどう思っているのかは全くわからない。でも、そう思っていることがバレないように明るく振る舞って取り繕う。

気づくともう下校時間だ。他の3人はそれぞれ放課後は部活などで忙しくしているから帰宅部の私は一人でそそくさと帰る。

学校を出てからまっすぐの道を歩いていく。

この茹だるような暑さはどうにかならないのだろうか。

汗が次から次へと滴り落ちてくる。

夏って嫌なことしかないなー。

そんなことを考えていると、交差点にたどり着いた。信号が青になるのをぼーっとしながら待っていると

「危ない!」「キャー」

と悲鳴が聞こえてきた。何事かと思って振り返った瞬間すごい襲撃が体に走り、体が倒れていく。倒れる前に視界に映った大きいトラック。あれに轢かれたのかな…

ついに意識がなくなった。


「ん?なにここ?」

気づくと知らない場所にいた。

周りを見渡すが、草や木が繁茂していてなにも見当たらない。すると

「ワンッ!」

と後ろから犬に吠えられて、

「キャッ!?」

と大声を上げると犬はびっくりして去っていった。

本当にどうなってるの?思考が停止しかける。

とりあえずさっきの犬が走っていった方向へ向かって歩き出す。

スマホを見ようと思ったが、どこかで落としたのか、見当たらなかった。そこで気づく。スマホどころか学校の帰りに持っていたもの全てがない。ますます混乱してきて、私はとにかく全力で走る。

はあ、疲れた。もう走れない。キョロキョロしながらまた歩くと、急に開けた場所に出た。

「あ!私の家!」

なんと私が迷ってたのは、家の近くの小さな林だったらしい。

ここでようやく自分の体を見てみる。

「え!何これ!?なんで犬になってんの!?」


その後時間をかけて落ち着きを取り戻した私は、犬になってしまったという運命を認めてはないが、とりあえず受け入れた。

そして歩き回っているうちに気づいたことがある。

どういう訳か、私は人間の目には映らないらしい。

そして、現実世界の物を通り抜けて、移動できるらしい。

人生何が起こるかわかんないなあなんて考えながら家に帰る。なんでも通り抜けられるから、簡単に入ることができた。

家に入った私はびっくりした。

「あー、梨愛。なんでよ。早く目覚ましてよ」

お母さんが泣いていた。なんで?と思いながら私は思い出す。そうだ、私事故に遭ったんだ!現実世界では事故に遭って意識がなくなっているんだ。他人事のように考えていると、お母さんが突然立ち上がって、どこかに行こうとする。お母さんが乗った車に私も一緒に乗ってついて行く。

その行き先は私が入院している病院だった。

正直、自分の今の状態を見るのが怖い。意識を失うほどの事故だったのだ。どうなっていてもおかしくはない。恐る恐る入ってみると、いつの間に来ていたのか優愛とお母さんが話していた。

「優愛ちゃん、いつも梨愛のために来てくれてありがとう。大変だったら毎日来なくて平気なのよ」

「いえいえ。私が来たいので。お母さんも毎日大変じゃないですか?梨愛の様子なら私が見てるので、少しゆっくりして来ても大丈夫ですよ」

「じゃあお言葉に甘えて今日はちょっと早く帰ろうかしら」

と言って、お母さんは病室から出る。

部屋は、包帯が痛々しい私と、優愛の二人だけ。

すると、優愛が

「ねえ、梨愛。早く起きてよ。いつもみたいに走りながら学校にきてよ。宿題だって教えてあげるからさ。寂しいよ。」

と言って静かに泣き始めた。

お母さんが泣いていた時もそうだが、私のためにこんなに泣いてくれるなんて…

普段キツく当たってしまうお母さんにしっかり感謝を伝えたい。急に申し訳なくなる。でも、意識が戻らなかったら、もう永遠にお母さんと言葉を交わすことは叶わない。今までも伝える機会はあったはずなのに、それを逃してきたのは他でもない私自身。どうしようもない状態になってから当たり前のことに気づくなんて。優愛のこともそうだ。中学生の頃は、思ったことをなんでも言い合える親友だった。でも今はどうだろう。昔のように心を開けてない。なんか私まで泣いてしまいそうだ。犬って泣けるのかわからないけど。私は少し早足で病室を出た。もしもまた人間に戻れたら、しっかりお母さんに謝ろう。


次の日は学校に行って、みんなの様子を見てみた。教室まで辿り着くと、乃愛、美愛、優愛が一緒にいた。三人で楽しそうに話す様子を見ると、いつも一緒にいるのは疲れると思っているのに、いい気分ではない。すると優愛が

「二人も梨愛のお見舞いに行ったら?梨愛も喜ぶんじゃない?今日とかどう?」

すると二人は顔を見合わせて少し気まずそうに

「うーん、そうだね。予定が合えば行きたいな」

「今忙しいんだよね」

「今日も外せない予定入ってるし」

「そっか、じゃあまた今度だね」

へえ。二人はそんなに忙しいのか。まあそんなに仲が良くない私のお見舞いなんて来る訳ないか。でも、全く行く気がないと言われると、

それはそれで悲しい。

 その日の放課後は、学校の近くを彷徨っていた。すると二人で歩く乃愛と美愛の姿が見えた。そういえば、二人は最近忙しいとか言ってたなあ。何するんだろう?

私は二人の後をついて行くことにした。

楽しそうにはしゃぐ二人は、そのままカフェに入った。今度行こうとか言ってたっけ。でも、それが外せない予定なわけ?ちょっと近くによると二人の会話が聞こえてくる。

「ねえ、梨愛のお見舞い行く?」

「えー?別に行かなくてよくない?面倒だし」

「やっぱり乃愛もそう思う?」

「うんうん。ずっと一緒にいるけどさ、そこまで仲良いって感じじゃなくない?」

「別にさ、わざわざお見舞い行くほどでもないし、あんまり喋らないから何考えてんのかわからないわ」

なんなの?その言い方。別に私だってあの二人と一緒にいたくているわけでもないし、なんでそんな風に言われなきゃいけないの?でもよく考えると、どうして今まで一緒にいたんだろう?嫌われたくないから?

でも、今日決心がついた。二人とはこれからはちゃんと距離を取ろう。無理してまで一緒にいることなんてない。そして、しっかり優愛と話をしたい。


次の日、目を覚ますとそこは病室だった。

「え!?元に戻れたの?」

急に喋ったから思いっきり咳き込んでしまった。するとお母さんがやってきて 

「梨愛!起きたの!?

と言って肩をがしっと掴まれた。

「痛いよ!」

「あーごめんごめん。でも!」

いつも自分の様子を見るようにはしていたから、少しずつ回復しているのはわかっていたが、こんなに急に戻ることができるとは思わなかった。

「ねえ、お母さん。今まで本当にごめんなさい。そしてありがとう」

するとお母さんは涙ぐみながら

「何よ急に。いいのよ。」

と言って抱きしめてくれた。人の温もりってこんなに温かかったんだ。

私もお母さんに見つからないようにそっと涙を流した。

 しばらくすると、今度は優愛が来てくれた。

「梨愛!本当にこのままお別れかと思ったじゃん!もう何やってるの!」

入ってきて早々に怒られた。

「ごめん」

「もう!」

「ねえ、優愛。いつもお見舞いに来てくれてありがとう。お母さんから聞いたよ」

「ううん、いいんだよ」

「あとさ、ごめんね。高校になってから、うーん、なんて言えばいいんだろう」

「うん、なんとなくわかるよ。でもそれをいうなら私だってごめん」

優愛に謝られるとは思っていなかった私はしばらく呆然としてしまった。

「ねえ梨愛。今度からさ、二人でご飯食べない?」

「え!私もそれ言おうと思ってた!」

二人で顔を見合わせて笑う。

鉛のように重かった体が軽くなった。

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