歌とMC

@pegipon

歌とMC

 自分ですら好けない僕を僕は呆れ嫌っていた。努力をしてもここぞで世紀の大失敗を何千回も犯した。後悔したことも繰り返していた。不安が身体をよじ登ってきたときは首を爪で引っ掻いて気持ち悪さを落ち着かせた。でも優しさや明るさも持ってたはずなんだよ。でも誰からも好かれなかった。認められなかった。過去の自分を嫌っている。

前からずっとこんな感じに生きていた僕は高二の夏、ほんの少し変われた。

 友達は大勢いた、たぶん。休み時間に集まってきて話をしてくるくらいの人たちは。僕は話を聞いて笑っているだけで十分だった。今になってはこれを「愛想がいい」というのだなと思う。その休み時間グループの中に一人特に気が合わないというよりは気が知れないような気に食わないような人がいた。名前は、幸太という。名前のせいかもしれないけれど、これが幸せそのものなんじゃないかと思える不思議な人だった。いつも微笑みを浮かべている。キラキラして透き通っていつも未来を見ているような目をしていた。背丈、体系は僕とあまり変わらず普通だ。人の悪口を言っているところは見たことがない。あと一つ特徴を書き足すとしたら、彼は勉強ができない。追試のギリギリを攻めているような人だ。彼は僕が一人のときに無邪気にいつものあの笑顔とあの目で話してくる。おせっかいのような嬉しいようなそんな気持ちにさせてくれた。

 「今度、休み時間グループでカラオケに行こう!」

彼が微笑みながら言った。

「他の四人はみんな来れるって。」

僕は嬉しかった。自分が休み時間グループに含まれていたことが。歌うのは好きだから行きたい。でも優柔不断な僕は迷った。僕はグループの一員でいられるほど本当に皆と仲が良いのかな、そんな考えが頭をよぎった。(僕が行ってもいいの?)

「絶対楽しいだろうなぁ。」

僕の言葉が出るよりも先に彼はこっちをチラ見しながらぼそっとつぶやいた。

「絶対行きたい!」

彼の言葉を吸ったと同時にそんな言葉を吐き出していた。楽しみで仕方がなかった。はじめてのひとりじゃないカラオケ。

 そして迎えた夏休みの初日、反射する影は無視して遠くのきれいな山々を見ながら電車に乗り、カラオケに向かった。カラオケで待っていたみんなは、思っていたよりもずっと本当の笑顔をしていた。と思う。幸太くんは待ち合わせの三十秒前(もちろん最後)に来た。ギリギリなのは彼らしいなと思いながら見てみると、背中に何かを背負っていた。

「アコースティックギター持ってきたぞー。さあさあいきましょ。」

部屋に入ってからのことはほとんど覚えていない。マラカス持って騒ぎ出したと思えば、急に静かになって笑いだしたり、喉ががらがらになるまで歌った。近づいてくる夏休みの終わりを感じないように歌った。でも一つ絶対に覚えていることがある。幸太くんだ。幸太くんの歌声は店から外に流れ込んでくる涼しい風のようで、心地よくて身震いせずにはいられなかった。アコースティックギターのザラザラしているのに温かい音との美しいハーモニーに五人みんな黙って聴き入っていた。音楽好きだけど素人の僕でもすごいとわかった。僕は幸太くんの左隣に座ってしまったから、この最高な歌の次に僕が歌うことになってしまった。反省点はそれだけだ。今の自分に偉いと言った。

 帰りの電車は幸太と乗った。なんと最寄り駅が隣だったのだ。

「今日は楽しかった!」

「楽しかったね。」

「ところでさ、なんであんなに歌うまいの?」

「まぁね。まだまだ全然だよ。こんなんじゃ。」

「は?何いってんの?」

なんかわからなかったけど、思わず言葉が次々と湧き出てくる。

「めっちゃ上手かったって。鳥肌立ったもん。ギターもすごく綺麗だったし。歌手になれるんじゃないかって思ったもん。」

「そんなことテキトーに言わないで!」

いつもじゃ考えられない、はっきりとした強い口調だった。怒らせてしまった。幸太の顔にはいつもの笑顔はなかった。でも、あの透き通った目でじっと見てくる。僕は何も言えなかった。その目で僕の思いを見透かしてほしいと思った。幸太は降りる前に言った。

「来週の土曜日の夕方。川で花火ね。」

優しい口調だった。あとなぜかちょっと見えた横顔が赤くなって見えた気がする。

 その夜は眠れなくて気持ち悪くて電車の自分の発言を思い返していた。全部本当のことだし。やっぱりわからなかった。何が悪かったのか。何も悪くない、そう言い聞かせてもかゆみは止まらない。もう一人の自分が何か変なことを口走ったか、幸太が変なやつなのか、逆に自分の感覚がおかしいのか。幸太は悲しんでいるんだろうか。悲しませたくなくて自分は皆とふわっと接してきたのに。次に会うまでに謝ったほうが良いのか。自分は本当に謝るようなことをしたのか。幸太との花火に行くべきなのか。どう接しようか。考えているうちに眠ってしまった。眠ってしまっただけでなく八日間が過ぎ去り川に向かって歩いていた。どう接しようか。

 待ち合わせ場所の石垣にはもう幸太が二人分とは思えないくらいの花火を片手に座っていた。両足をぶらぶらさせている。

「やあ、花火やるか。」

「うん、やろう。」

僕たちは隣りに座って無言でお互いが放つ灰色の煙を見ていた。水たまりにつけておいた燃え尽きた花火が二十本くらいになった頃、幸太がゆっくりと話し始めた。

「あのね、うち歌手になろうと思ってるの。嘘だと思うだろうけど。だから、たくさんトレーニングしてるし、勉強してるのに、全然うまくいかないし。だから、お世辞じゃないかって電車の中でかっとしちゃった。ごめんね。でも嬉しかった。上手いって言ってくれて。なんか報われた気がする。」

「そうだったんだね。こちらこそごめん。幸太がどう思っているのかわかっていなかった。ほんとにすごいと思う。自分のやりたいことがあって、それに向かって一直線でいられるのって。」

初めて心の奥底で話せている感触があった。今ならずっと考えていた靄を伝えられるはずだ。

「あのさ。」

「うん。」

「何で幸太は全然性格も価値観も違う僕にこんなに話しかけてくれるの?」

「え?そう思ってたんだ。んーとね…似てるからかな?」

「ん?そんなわけなくない?僕は昔のことばっかり気にして自分を嫌いになっているのにさ。幸太はなんか未来をずっと考えてるみたいで毎日充実してそうじゃ…」

「そこなんだよ!」

食い気味に入ってきた幸太の声が一段と大きくなった。

「実はね、うちも昔、君と一緒だったんだよ。きっとね。過去の自分を振り返ってはこんなに幼稚だったんだって思って嫌になっていた。同じようなミスを繰り返していたし、これっぽっちも成長できてないなって悩んでいた。でも、たまたま聞いた曲でね、『過去の自分を恥じれるのは自分が成長したってこと、過去の自分を嫌えるのは未来を好きになれるってこと』っていう歌詞があって、はっとしたの。自分のことだって。過去が嫌になったとしても未来には絶対もっといいことがある。辛いことがあっても、未来にもっと辛いことがあっても、いつかそれを包めるくらいのいいことが起こると思いたいなって思った。そんな事があってうちは変われたし、こうして目標もできたし…あ…恥ずい…えーそれでは聴いて下さい…えーと、アコギは何処に…」

幸太はそうごまかして横顔を赤くして笑った。僕もつられて笑った。それからは日々の疲れを吐き出すように花火に火をつけまくって笑いあった。頭の上に溜まっていた灰色の煙はすぅっときれいな星空に消えていった。これからも夏は続く。

 未来の自分ですら好けなかった僕を僕は呆れ嫌っている。これからも努力をしてもここぞで世紀の大失敗を何千回も犯すだろう。後悔したことも繰り返すだろう。不安が身体をよじ登ってくるときは幸太が教えてくれた歌を自分へ歌ってあげよう。そうしたら本当の優しさや明るさも持てるようになれるかな。誰からも好かれなかった、認められなかった、過去の自分を嫌っている。

 僕は高二の夏、ほんの少し変われた。容姿とか学力とかは全然変わらない。

 僕は高二の夏、ほんの少し変われた。幸太以外は気づかないだろう。

 僕は高二の夏、ほんの少し変われた。僕にとっては僕は別人のようなのに。

 僕は高二の夏、ほんの少し変われた。幸太の歌とMCにつられて。

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