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  • 第10話 富士山に棲む大蛇への応援コメント

    社員旅行で静岡市へ行ったけどホテルからは微妙な雲で富士山は輪郭程度にしか分からない。翌日に三保松原&日本平も行ったのに、完全に隠れたまんまで結局お姿は見られずじまいでした。
    後日リベンジも兼ねて浜松行ったけど、さらに遠くというのもあり、どこからも全く見えませんでした。富士山は本当に気まぐれです。

    太陽の塔はずっと残っている為、太陽の塔グッズはむしろ後日の方が良い出来のものが手に入る可能性が大。ミャクミャクグッズも期限延長されたから、まだまだ買えそう。



    作者からの返信

    最後までお読みいただきありがとうございました。

    富士山って新幹線から見えないときがけっこうありますね。見えたら雄大で感激しますが。

    太陽の塔も最初見たときは変な形と思いましたが、見慣れてくると愛着が生じます。ミャクミャクはどうなることでしょう。

  • 第9話 釣瓶落としの妖怪への応援コメント

    釣瓶落としというと、水木しげるの挿絵に『どたっ』と擬音が入った奴ですね。
    その擬音とマヌケそうな顔で、印象が強いです。

    もし、この殺人事件に妖怪要素無かったら、こういう推理依頼なかったでしょう。
    お兄さん、美和子でなく芽衣さんに好意を抱いてしまうとは。
    この話しか見ていないのだけど、ひょっとしてお兄さんと芽衣さんは決定事項?

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    妖怪がらみの事件で美知子が推理するお話は、拙著『女子大生探偵一色千代子の事件録』第5章にいくつか書いています。特に第5章第11話からと、第5章第24話からのお話には鉄分が多少あります。途中から読んでも問題ないので、機会があれば是非。

    芽衣のその後の展開は書いていないので、どうなることかわかりません。ただし短大卒後は関西に行くと占われたことをどこかに書いていたような気がします。

  • 第8話 狐憑きの妖怪への応援コメント

    あれ? と思う間に、観光終了して謎解き回に突入しましたが、ここに出てくる地名は関西人の私には、結構お馴染みの地名出てくるし、実は会社の同僚で『末包(すえかね)』さんって居ますので、知ってたーってちょっと得意になりました。

    それと関西の天津飯がケチャップ味ではない! ってのを実は気付かなかったのですが、先日『チャチャ入れマンデー』でやっていたのを思い出しました。
    他に、食堂のテーブルの上にウスターソースがあるとか、おでんにスジ肉の串があるとか、肉まんをブタまんというとか、の話題は話題は大好きです。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。以降は主に謎解き回となります。

    関東と関西でけっこう食文化が違うので、調べるとおもしろいですよね。関東では中濃ソースが人気なのに、関西ではあまり売っていないとか。

    うどんやそばのつゆ/だしが違うことが有名なので、以前どん兵衛というカップうどんを東京と大阪で買って食べ比べたことがあります。

    東京のはつゆは黒っぽく、大阪のだしは色が薄かったのですが、味の違いはあまりわかりませんでした。

  • 第7話 京阪沿線への応援コメント

    思いっきり鉄分補給させていただきました。
    まだ知らない時代の鉄事情がとても面白いです。特にあの時代にまだSLというのもあるし、貨物専用から乗客線に変わる経緯も思い出します。

    京都へはJRでなく、行きは阪急・帰りは京阪というところが運賃節約っぽくて良かった。節約という意味で、京阪淀屋橋まで行って梅田まで歩くのかなという予想は外れましたが、これはJR環状線乗せてあげたい気持ちからかな、と。

    京都グルメと言えば和風に限らず、今や何でもアリとはいえ、個人的には麺類。京都は関西なのに、うどんよりソバが美味しい。当然ニシンそばも外せませんが、個人的にはあんかけそばかな? とも思いました。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    このお話を書く前に1970年当時の関西の鉄道運賃や路線を調べていたら、関西テレビで放送している『兵動大樹の今昔さんぽ』に、1970年に撮影された京橋の近くを走るSLの写真について調べるという回がありました(YouTubeで公開されています)。その番組では明言されなかったので、どこを走っているのか調べたところ、かつての貨物線だったということが確認できた次第です。驚きでした。

    ニシンそばはおいしいですね。機会があればあんかけそばを食べてみます。

  • 宝塚ファミリーランドは私の小中時代の青春です。多分阪神パークより行ったと思うし、その頃はまだレオポンのジョニーも元気だったと思うけど。
    世界は一つは、何が面白かったのか何度も乗った。あの ♪世界はひっとっつ~ は今でも歌える。

    武庫川堰き止めての池にボートがあったというのは知識で知っているし噴水も見た事がある。今はもう止まってしまいましたが。

    京都も今の様にインバウンドで人がいなかったから、回りやすかったでしょうね。桜や紅葉の季節なら、その時代でも混んでいたかもしれないけど。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    宝塚ファミリーランドはとてもいい遊園地でしたね。閉園したときはほんとうに残念でした。

    90年代には関西地方にまだたくさんの遊園地があったのに、大部分がなくなってしまいました。寂しい限りです。

  • しかし優雅な万博見物だ。
    今回の万博は人が多すぎて、それだけ余裕で回れるのは不評だった最初の2カ月ぐらいだったか? ポートピアの時もやたら混んでいた事を思い出すが、それでも今回の万博ほどでは無さそうか?

    それと、どうせ万博に来たのなら、その近所の国立民族学博物館見たらいいのに。あれは結構見どころ多いよ! と思ったけど、あれって万博終わった後の跡地に建てられたんだよね。
    日本庭園は、まだやっている感じか? 一回ぐらい行ってみても良いかも。

    サラダパンは大好きです!
    以前はわざわざ滋賀まで行った時に買っていましたが、最近はパスコでも作り始めて、探す必要はあるけど近所のスーパーでも買えるようになりました。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    サラダパンは最初はテレビで知りました。半信半疑で買ってみたらそのおいしさにびっくり。

    エキスポランドの跡地にはニフレルができましたね。まだ行ったことはありませんが。

  • 太陽の塔に入るなんて、本当に羨ましい! 何度か特別展示あったけど行けなかった。定期的にやってくれないかな?

    ジャングルジム状のところを2人並列だったか1人用だったかの直角に曲がるコースターは、その当時なら100円の方なのか後日に増設されたのか? 一番思い入れあるし、同じものがあったらまた乗りたい。

    タコ焼き機は関西人の家庭になら大体あるし、たこ焼きを晩御飯で食べると言ったら、他の地方の方々から驚かれたものだ。
    でも中国から嫁に来た前の会社の同僚は、晩御飯に餃子(この場合、水餃子)の時は、それが主食なのでご飯と一緒に食べないとの事なので、まぁ同じか。
    でもたこ焼きの話をした後、埼玉の同級生の頭の中には、関西人の炊飯器の中に大量のたこ焼きがあって、それをシャモジで装う情景が浮かんだそうだ。さすがにそれはない。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    ジャングルジム状のところを直角に曲がるコースターとは回転ジャングルマウスのことでしょうか?万博終了後は、ガストカー→マッドマウス→ワイルドマウスと名前を変えて似たような遊具があったようです。当時100円でした。

    同じような遊具「ジャングルマウス」が浜名湖パルパルという遊園地に1971年からあったようですが、2025年6月に終了したそうです。

    たこ焼きパーティーは楽しいですね。後片づけが面倒ですが。

    また、よろしくお願いします。

  • おお、行った事がない大阪万博を疑似体験出来た。

    凄いね。目玉のパビリオン入れたんだ。直近の大阪万博だったらまず無理ですね。女房と娘が行ったけど、比較的混まないパビリオンを2・3回った時点でもう嫌になったと言ってました。

    アポロの功績はやっぱ凄いです。それ以降はまだ誰も月に降りていませんので。
    でも一番最初に月に降り立ったのは『ペリーローダン』だった様な気がします。

    エキスポのダイダラザウルスはとても懐かしいです。万博終わった後で行ったけど、その当時もまだ小学校低学年だったので乗せて貰えず、代わりにもうちょっと小さいジェットコースターに乗りました。2人並列乗りでスピードはゆっくりでしたが、途中でガクンと直角に曲がる とても怖いものでした。高学年でようやく念願のダイダラザウルス乗れましたが、やっぱ直角コースターの方が怖かった。スピードが速かったり高低差があったりだけが怖さじゃない事を改めて知りました。

  • 第2話 丹下家への応援コメント

    和気あいあいした女子大生は、気持ちいいです。
    迎える家族も、それが楽しみで夕食・朝食と、ちょっと盛っちゃいましたか。

    好き嫌いが無い私でも実は、紅ショウガだけは苦手で、全然食べられない訳じゃないから食わず嫌いじゃないのですが、寿司に添えられているのも食べません。でも生姜焼きとか煮魚の臭みけしなど調理されているのは好きだし、串カツ屋でも紅ショウガの天ぷらは1枚だけ食べます。あれは大阪文化ですね。

    伊丹空港まで散歩できる位近いという事は、騒音も凄そうですね。わざわざ空港まで行かなくても、メチャ近い所を飛ぶ飛行機見られますね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    私も紅ショウガは得意じゃないですね。天ぷらも苦手です。

    豊中市で空港の防音対策を近隣住宅に施すのは昭和49年からで、このお話の時点ではまだのようですが、豊中駅近くにある佳奈さんの実家はいずれにしろ対象区域外でした。それなりに騒音がしたのでしょうが。

  • 第1話 こだまは西へへの応援コメント

    嗚呼、ポリ容器のお茶が懐かしい。当時で20円でしたか?
    運賃とかもひっくるめて物価は5倍くらいになっている感じでしょうか。

    JR大阪駅は改装してメチャ変わりましたが阪急梅田駅は、その頃からは基本そんなに変わっていない様な気がします。ただ電車の外装的には大きく変わったけど、内装はもっとレトロ感あった様な気がします。

    豊中なら、今なら飛行機の方が便利でしょうけど、当時は多分飛行機はメチャ高かった様な気もするし、45年だったらモノレールもまだだから現実的じゃないかな。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    当時のポリ容器のお茶の値段や電車の運賃などはネットで調べました。今と比べるとかなり安いですね。

    YouTubeやヤフオクが資料集めに役に立ちました。

  • プロローグへの応援コメント

    外伝なのに、本編読まずにこっち来ちゃいました。

    私は大阪万博経験者らしいです。らしいというのは、その当時まだ物心つく前なので記憶が一切ないです。ただその時のお土産として万博パビリオンの夜景をスライドで観られる双眼鏡みたいな玩具を、帰ってからもずっと壊れるまで飽きずに見ていたという記憶だけはあるから、ひょっとしたら行っていないにもかかわらず行ったと思い込まされて、そのお土産だけ貰った可能性もあります。

    また今回の万博は人混み嫌なので、行っていません。
    でもこうして行った体験記を読むのは好きです。

    ちょっとタイムスリップ感覚で、楽しませていただきます。

    作者からの返信

    コメントありがとうございました。

    昨年の万博も人が多かったようですが(私も行っていません)、1970年の万博はもっと大勢の人が来たようです。それだけ本格的な博覧会や未来的な科学技術に人々の関心があったのでしょうね。

  • プロローグへの応援コメント

    日本のもアメリカとかのも、スタンプ帳には残らなかった。だって、いつ行っても長蛇の列。行列苦手だから。かすかな記憶は、雰囲気だけ。万博内から、絵はがきを自宅に送った。それだけが証拠品。
    今度のは行かない。行列の体力以前に、電車に乗るのが困難な体になったから。
    いつも応援ありがとうございます‼️これからもよろしくお願いいたします‼️

    作者からの返信

    クライングフリーマンさま、コメントありがとうございます。

    さすがに昭和45年の大阪万博に行った人のほとんどは、来年の関西万博に行く気はないでしょうね。年も取ったし、前評判もあまり良くないようですし。私も行く気はありません。

    これからもよろしくお願いします。

  • 第10話 富士山に棲む大蛇への応援コメント

    フライトシミュレーターは楽しそうですね。やってみたい(n*´ω`*n)
    てっぱく(埼玉にある鉄道博物館)で電車の運転体験はしたことがあって、楽しかったです笑

    1970年に短大一年生ということは、今70代。
    おばあさんかな?
    この世代で大阪にいる人は、半世紀前の万博を思い出すのかも知れませんね。

    母が同世代なのですが、横浜出身で、その後も首都圏にしか住んだことのない人なので、全く話題にものぼりません💦

    万博や宝塚の描写が詳しくて、一緒に体験したみたいに楽しめました!

    作者からの返信

    綾森れん様、コメントありがとうございます。

    藤野美知子や一色千代子は昭和25年(1950年)生まれ。今生きていれば74歳ですね。あの万博の人出は多かったと思い出していることでしょう。

    これからもよろしくお願いします。

  • 第8話 狐憑きの妖怪への応援コメント

    地図帳を買わないところが若い人らしくて良いです!
    今回の中編は謎解き要素なしかと思ったら、しっかり絡んできて楽しいです。

    京都観光は歴女さんの地味な観光地 だけでなく 名所にも行けて良かったです笑

    作者からの返信

    綾森れん様、コメントありがとうございます。

    一応謎解きメインなので、万博には絡められませんでしたが入れてみました。

    これからもよろしくお願いします。

  • 各時代の日本庭園の展示、見てみたいですね。

    食べ物の描写が興味深いです。
    紅しょうがの天ぷらや串焼き、マヨ和えたくあんのサンドイッチなど、意外性のあるものがたくさん。

    宝塚のチケット代が安くてびっくり。
    新幹線の方は現代の3分の1くらいかな? と思ったので、妥当だと思うのですが・・・

    宝塚ファミリーランドについてもググってしまいました。

    作者からの返信

    綾森れん様、コメントありがとうございます。

    紅ショウガの天ぷらは大阪では今でも普通にスーパーで売っています。味は本文に記した通りです。マヨ和えたくあんのサラダパンも、数年前に食べたことがあり、意外なおいしさにびっくりしました。

    当時の新幹線の切符や宝塚のチケットは、ヤフオクやメルカリに出品されていることがあるので参考にしています。宝塚ファミリーランドを撮影した動画もYouTubeで見ることができます。・・・そういうのを調べていると、当時の物価は安かった、その割に新幹線代は高かったと思ってしまいます。

  • 台風を消滅させる技術、このころから研究されていたんですね。
    消滅させなくても弱める技術くらい、実用化されたらいいのに、半世紀以上経った今もそんな話は聞きませんね。

    手塚治虫の知名度、このころこんなに低かったのですか。
    私の時代には小学校の学級文庫に置いてあったので、同世代の日本人は誰でも知っていると思います(手塚プロや手塚先生の娘さんが頑張ったおかげでしょうか?)

    作者からの返信

    綾森れん様、コメントありがとうございます。

    当時の映像を見たら、飛行機から爆弾を投下して台風を消滅させるという単純な発想で、多分実用的ではなかったのでしょうね。今年の台風の被害をニュースで見ていたら、この50年間に台風を弱らせる方法を編み出せなかったのかとつい考えてしまいます。

    手塚先生は昭和30年代には既に超売れっ子のマンガ家で、マンガ好きの子どもなら誰でも知っていたと思います。しかし女の子で、家庭でマンガ、特に少年向けマンガを読める環境になかったら知らないだろうという設定にしてみました。

  • 第2話 丹下家への応援コメント

    いくつになっても普段ベッドで寝てなかったら不安ですよね。
    実際、落っこちることはないと思うけど、落ちそうだと思うたびに目が覚めるはず(^▽^;)

    万博の来場者、初日は予想を下回っていたんですね。

    作者からの返信

    綾森れん様、コメントありがとうございます。

    来年の関西万博に先駆けて55年前の大阪万博の話を書きたくなっていろいろ調べてみました。

    新聞は初日の入場者数は予想より少なかったと書いてあったようですが、三月半ばの小中高が多分春休みに入ってない頃ですからね。全国から家族連れの観客が集まらなかったと考えたら、それでもけっこうな人手だったと思います。

    来年の関西万博ではそこまで人が来るのでしょうか?

  • 第8話 狐憑きの妖怪への応援コメント

    変形Pさま

    こんにちは。

    藤野さんの気付きの鋭さもさることながら、三人寄れば文殊の知恵、暗号解きもなんだか楽しそうです。

    作者からの返信

    佐藤様、コメントありがとうございました。

    この作品は来年の関西万博に先駆けて、昭和四十五年に開催された大阪万博を振り返るという趣旨で書いてみました(関西万博はまったく盛り上がっていないようですが)。

    しかし、大阪万博だけでは過去の記録をなぞるだけであまり書くことがないので、他の観光とちょっとした謎解きをつけ加えてみました。楽しい雰囲気を少しでも感じていただけたなら嬉しいです。

    これからもよろしくお願いします。