朝方の短い時間で、血の雨が町に降ったが、それ以外は何事も無く一日が終わった。一時は騒然としていた雑踏も、無関係ゆえ冷たいもので、既に孤児院があったことなど忘れていそうである。

 夜も更けた。何処からか、野犬の遠吠えが聞こえてくる。

 代官所では奥の一間で、代官とその補佐を勤めるトムが、密やかに杯を酌み交わしていた。トムは愉快そうに、


「いやはや、今から掘り出しに行くのが楽しみですな。秘密を知るリード一家も晒し首に出来て、憂いはございません」

「ウム。それにしても、孤児院の方まで上手くいくとは思わなかった。母子だけでなく、孤児達を生かしていても煩いからな。事故に見せ掛けて殺すなんて、意外に上手くいくものだ」

「ははは。いずれにせよ、ただの卑しい孤児。死んでも困る者はおりません。所詮、不要な連中です」


 と、トムは聞くに堪えない雑言を言った。代官も釣られて笑い出す。


「不要なのは、お前達のような悪党だ!」


 と、庭先から声が轟いた。何事か、とトムが扉を開ける。そこには、エルマーとリコが立っていた。

 「何奴だ」とトムが凄んで誰何する。エルマーは、


「代官カドカ・クラース! そして代官補佐のトム! お前達二人が犯せし悪事、今や明白。何の罪も無い孤児院の母子を殺したばかりか、子供達まで手に掛けた罪、天人てんひと共に赦しはせん!」

「よくも、ロイド君達を嬲り殺しにしてくれたなっ。その腐った頭を叩き落としてやる!」


 リコが素早く剣を抜いた。代官は怒りに震えながら、奥に向かって「出合え」と大声を発した。すぐに、宿直をしていた衛兵達が十五名、ドタドタとやって来る。

 

「この痩せ浪人共を、斬れっ。子供の方も遠慮はいらん。二匹揃って狼藉者だ。斬り捨てい!」


 一人が、叫び声と共に打ち掛かる。構えたまま、彼は血飛沫を上げた。エルマーが、抜く手も見せずに斬っていた。踏み込んで、手首を返す。呆気に取られた顔のまま、男が二人、見事に首を飛ばされた。

 エルマーが、獣のように突っ込んだ。その気魄に、衛兵達は狼狽えた。一人の者が、斬り込んだ。エルマーが、横に剣を払う。金属音と共に、相手の剣が宙を舞い、その胸から血が噴き出した。

 上段に構えた二人が、向かってくる。エルマーは、一人の剣を弾く。斬り下げた。同時に刃を振り上げ、もう一人を逆袈裟に斬り捨てた。横から、敵が彼に跳び掛かる。エルマーが躱して腰を狙う。彼の剣が、相手の武器をぶっ壊し、そのまま腰車を両断した。


 リコはましらの如く庭を駆け回り、敵を混乱させていた。敵の脇を素早く抜けて、駆け違いざまに脾腹を斬る。怯んだ隙に、延髄を斬り裂いた。

 衛兵が、彼を前後で挟んだ。剣が、一斉に振るわれる。リコは、斬られる寸前で高く跳んだ。前の敵を踏みつける。その者は、つんのめった先で、味方の刃の餌食となった。

 

 代官はトムと一緒に逃げ回っていたが、気が付いた時には、既に味方は全滅し、エルマーに追い詰められていた。

 彼の眼光に怯えた二人が、庭先に後退りすると、そこにはリコが待っている。トムが、破れかぶれに、エルマーへ斬り掛かる。戛然と受け流され、トムは後ろ袈裟に斬り斃された。

 残るは代官一人である。奇声と共に、彼は剣を振った。振り切る前に、彼の腕は、エルマーに斬り飛ばされた。

 代官が倒れる前に、リコの剣が、彼の首を刎ね落とした。


 ――翌朝早く、エルマーとリコは町から出立し、朝陽の浮かぶ海を横目に、街道を歩いていた。

 リコは嘆息し、


「初めて海のある町に行ったのに、何だか厭な気分だよ」

「そうだな。当分は、海水浴の気分にはなれないな。今度は山にでも行くか」

「そう言えば、金貨五十万枚もどうなるんだろうね」

「置き手紙しておいたから、王国の国庫に戻るだろうな。少し惜しい気もするが、仕方無いな」

「そうだ。代官所に捨てられてたお金を持ってきたんだよ。あんな酷い事した連中だから、これぐらいバチは当たらないさ」


 と、リコは金貨二枚を示しながら言った。抜け目の無い少年に、エルマーは思わず苦笑した。

 苦い思い出を海に流しつつ、流れ者二人の道連れは、今日も当て無き旅路を行くのであった。

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ぼんくら剣士 アラビアータ @edo3443

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