もう町家は全て木戸を閉め、僅かに夜なべをする家の灯りや、点在する街灯の光以外は闇である。エルマーは、火の用心の拍子木と長調子を聞きながら、闇に忍んでリード一家の邸宅まで赴いた。

 彼は裏口、賭場へ通じる木戸をドンドンと叩き、「開けろ」と怒鳴った。程なくして、眠そうな顔の男が顔を出した。

 エルマーは、彼の襟首を引っ掴み、壁に押しつけ、


「おい、代貸はいるか。聞きたい事がある」

「い、今はいねえよ。親分と一緒に、代官所へお呼ばれだ」

「何?」


 と、エルマーは男を乱暴に突き放し、今度は代官所へ疾駆していった。


 代官所は町の北端にあった。小高い場所から、町を見下ろすように建てられ、見ているだけで威圧されている気分になる。

 リード親分と代貸は、急にトムから呼ばれ、何事かと思い、取るものも取りあえず駆け付けて来た。

 勝手口から庭へ通された二人が、辺りを見廻していると、外廊下の奥から年老いた男がやって来た。トムが、すぐに拝跪の姿勢を取る。男は悠揚とした口調で、


「それがしは、当地の代官カドカ・クラースだ」

「こ、これは。リードと申します」

「リードとやら、此度の孤児院の一件、大義であった。後は我々に任せるが良い」


 まさか。代官の言葉を聞いたリードは、トムを睨んだ。トムは微笑を浮かべながら、


「ははは。無頼の徒と組んでいても仕方が無いからな。お前には消えて貰う」

「そういうことだ。リード! その方、世間を騒がし、お上の手を煩わせること、不届至極である。この場にて、斬刑に処すっ」


 と、下知が飛んだ。すると、庭の植木に隠れていた二人の男が一斉に飛び出した。リードは逃げる間も無く、膾斬りにされてしまった。

 勝手口の外で待っていた代貸は、返り血で真っ赤になった剣士達が、肉薄してくるのに怖れをなし、脇目も振らずに逃げ出した。

 追い付かれるか。そう思った瞬間、彼の身体が闇に吸い込まれた。騒ごうとする口に蓋がされる。そのまま、目隠しをされ、彼は何かに放り込まれた。


「捜せ」


 と、先程の男達の声が闇を裂く。すると、路地裏から棺桶を引いたエルマーが出てきた。彼は、血眼になって代貸を捜索する剣士達を尻目に、町外れまで急行した。


 ――誰かが頬を叩いている。拉致された代貸が眼を覚ましたのは、町外れにある小さな廃墟の中だった。エルマーが、剣を杖にし、一つしか無い出入口の前に座っていた。いつの間にか、夜は明けていた。

 彼は、生まれたての子鹿のように震える代貸へ、


「何故、執拗にセシール孤児院を狙うのか、わけを聞きたい」

「……」

「話せば逃がしてやる。どうだ?」

「本当かい?」


 と、代貸が震え声で尋ねた。エルマーはと頷いた。代貸はそれを見、ゆっくりと話し始めた。


 ――代貸は元々、ただの浮浪者に過ぎなかった。とある田舎町で彼は、居候していた家の主人である老爺の死に水を取ったことがあった。

 老爺は最後の思い出話とでも言わんばかりに、代貸へ、


「儂は昔、大仕事をしたことがあってな……。王国の御用金を盗み出したのじゃよ。ほとぼりが冷めるまで、とある土地に埋めていたのだが、遂に今日まで掘り返しにいけなかった」

「大金なのかい、爺さん」

「ああ……金貨五十万枚。王国では面目に関わるということで隠蔽されたらしいが……」


 この世界の金貨一枚は、我々の感覚で云えば十万円くらいである。当然、代貸は仰天し、何故、自分に教えるのかと尋ねた。

 老爺は力無く笑い、


「短い間だが、息子のように尽くしてくれたからな……。あそこに、埋めた場所の地図がある……。持っていくが良い」


 それだけ言って、老爺は満足げに事切れた。代貸はその情報を手に、半月前、この町を訪れ、リード一家に入った。初めは信じていなかった親分も、息の掛かったトムに調べさせたところ、どうやら本当らしいことが解ったので大喜びである。

 しかし、肝心の隠し場所には孤児院が建っていた。それで、リード一家は鼻息を荒げて、嫌がらせを重ねていたのである。


 ――そこまで代貸が語り終えると、エルマーは漸く合点がいった。金貨五十万枚が眠る土地ならば、誰もが必死になるだろう。

 すると、息を切らしながら男が一人、扉をこじ開けて飛び込んで来た。代貸の弟分である。彼は涙目になりながら、エルマーには一瞥も送らず、


「兄貴! 大変だ。急に代官所の手入れがあって、皆、片っ端からお縄になった。全員、晒し首だって噂だ」

「何だって。さっき、親分も殺されたんだ」

「くそっ。これでリード一家もお終いだ」


 と、男は地団駄を踏んだ。

 二人を捨てて、エルマーが町に向かうと、リード一家の構成員五十余名が、数珠繋ぎに連行されていた。

 彼がそれを見ていると、リコが遠くから走ってきた。彼は肩で息をしながら、


「何処行ってたんだよ、エルマーさん。孤児院がっ」

「何だとっ」


 今度はエルマーが愕然とする番である。彼はリコを置き去りにする勢いで疾駆した。


 同時刻。孤児院では、子供達が一様に縛り上げられ、敷地の一角に縛り付けられていた。ロイドが歳下の者達を励まし、縄を解こうとしていた。

 セシール母子も、役人に拘束され必死に暴れている。


「辞めて下さいっ。ここは皆の家なんですっ」

「お願いしますっ。お慈悲を、お慈悲をっ」


 代官は馬上で、大黒柱に結わえられた太い綱を睨み、「崩せ」と峻厳な命令を下した。役人達が掛け声と共に、無情な綱を引く。屋根の曲がる男がして、板が崩れだした。

 更なる掛け声がした。轟音と共に、孤児院は崩壊を始めた。ガラガラと石や屋根の崩落する音がし、凄まじい土煙が立った。

 その瞬間、母子の悲鳴が響いた。建物が、子供達の上に倒れていたのだ。血まみれの手足や肉片が飛び散っている。同時に、母子を拘束していた剣士が、二人を蹴倒した。佩剣が、一閃した。


 エルマー達が駆け付けて来た時には、全てが遅かった。土煙が濛々と漂う中、捨て札と共に、孤児院の瓦礫の前に、セシール母子の首が梟けられている。

 リコは瓦礫の下から、小さな手足が飛び出しているのを見、驚愕の表情で駆け寄った。ロイドが、自分よりも歳下の者達の上で、死んでいた。最後まで、瓦礫から庇おうとしていた。

 リコは気狂いのようになって、必死に瓦礫を除き始めた。エルマーもそれを手伝っていると、代官が近付いて来た。


「気の毒なことをしたな。不幸な事故だった。貴様らは、この者達の知り合いか」

「……」

「せ、セシール母子と、リード一家は喧嘩両成敗。リード一家の首も既に晒してある」


 代官は、エルマーの表情にとし、早口で言い捨てて引き上げていった。

 エルマーは、世界全ての悪魔でも、太刀打ち出来ないような形相で、一言、


「許さん……!」

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