リコはリード一家に宣戦布告した後、ロイドと共に、夕餉の食材と孤児院で使う教材の買出しに出掛けていた。道中、つい無駄話に時を過ごしてしまい、帰路に付いた頃には、陽が沈んでいた。

 海沿いの町なので、夜になると潮風が吹き込んで肌寒くなる。二人の少年は、白い息を吐きながら、肩を並べて小走りした。大通りに入ると、飯屋に居酒屋、小料理屋から旨そうな香りが鼻腔に入り込んで来た。

 リコはを一つして、


「寒いね。何処かで一杯やりたい気分」

「リコってお酒呑めるのか?」

「いや、そういう気分ってだけだよ。早く帰らないと、小さい子達が待ちかねてるよ」


 と、リコが足を速めると、不意に、彼の琥珀色の瞳が違和感のある光景を捉えた。急に彼が足を止めたので、ロイドは不審な顔をした。

 この町には、海へ流れる河が大通りを二つに割っている。そこでは、金持ちやお忍びの客が屋形船を浮かべて遊興に耽るのだ。リコは、女中に案内されて今しがた船に入ろうとする客――リード親分を見つけた。彼の後ろには、孤児院で見掛けた代官補佐のトムがいた。

 リコは、船が桟橋から離れたのを見送って、黙ったまま、洋灯を持った女へ、泳ぐように近付いた。彼は無邪気な子供を装って、


「あの人達、お金持ちなんですね。いつも、こんな風に船を浮かべてるんですか」

「ええ。半月前くらいから、殆ど毎日。お役人様と庶民が何を話しているのやら」


 と、女は首を傾げて去って行った。確証は無いが、リコは、何か怪しい絡繰りの匂いを感じ取っていた。


 リコ達が孤児院に帰り着くと、大広間ではセシールとジゼル、それに孤児達が沈鬱な表情で項垂れていた。まるで、火の消えたように寂然としている。


 リコ達が孤児院に帰り着くと、大広間ではセシールとジゼル、それに孤児達が沈鬱な表情で項垂れていた。まるで、火の消えたように寂然としている。

 ロイドが明るい声でセシール母子に、


養母かあさんに義姉ねえさん。どうしたんだよ。ほら、チビ達がお腹空かせてるから、ご飯にしようよ。それに、早く明日の準備をしないと」

「明日の準備なんて、する必要無いよ」

「どうして? どうしてだよ」

「貴方達が出て行ってすぐに、代官所からお達しが来てね。みだりに世間を騒がせて不届きだから、暫くの間、営業停止だって」


 ロイドは仰天し、また少年らしい単純な怒りに顔を紅潮させた。彼はジゼルに近付いて、掴み掛からんばかりの形相で、


「騒がせてるのはリード一家じゃないか。そう言ってやらなかったの?」

「言ったわよ。でも、決定事項だって代官補佐の役人が。今更、つべこべ言っても、取り上げてくれないよ」

「そんな……。義姉ねえさんの意気地無しっ」


 と、ロイドは拗ねて座り込んでしまった。広間の片隅にいたエルマーは、納得のいかない表情である。彼は横へ来たリコに、


「どうも納得がいかないな。リコ、俺達で再度の吟味を願い出てみよう」

「そんなことをしても無駄だよ。代官補佐の男とリードはグルだ。さっき、一緒の船に乗り込むのを見たんだ。それも、半月前からほぼ毎日だって」


 エルマーは何かあると睨んだらしい。余りにもリード一家がしつこすぎる。

 半月前に、相手が何かこの土地に関して秘密を握った。そうエルマーは予想していた。


「エルマーさん」

「まあ兎に角、今は此処の修繕が先だ。院長先生、及ばずながら俺達も手伝おう」

「まあ嬉しいっ。まずは柱が傾いて、扉が閉まらない。それに、窓硝子も割れてますし、床板が穴だらけ。それに」

「そんなに……あるのか」

「まだまだありますよ。でも、先にお夕飯の手伝いをお願いしますね。男性の助っ人なんて滅多にいませんから」


 と、院長はもうエルマーを扱き使うつもりであった。


 ――夜半。町の灯りの殆どが落とされて、日付の変わる時刻になった。

 孤児院二階、子供達が眠る大部屋では、リコとロイドが語らっていた。二人とも眼が覚めてしまったらしい。


「リコはどうして旅をしてるんだ?」

「世界を見て廻りたいからさ。この王国だけじゃない。あの海の向こうにある異国にも、いつか行ってみたいんだ」


 と、リコは窓の外に広がる海原を見つめながら言った。ロイドは彼の眼差しに、


「じゃあ、此処に残るつもりもないか……。俺にも夢くらいはあるんだぜ」

「どんな夢?」

「偉くなって、養母かあさんみたいな人が苦労しないようにするんだ。いつも、家計は火の車だってぼやいてるからさ」

「良い夢だなぁ。僕も応援してるよ」


 と、リコは弾けるような笑顔で言い、ロイドは照れくさそうに頭を掻いた。


 丁度その頃、一階では、風呂掃除に洗い物、大広間の掃除、明日の朝食の下準備など、漸く仕事が全て終わった。

 エルマーは肩を回し、


「いつも、こんな時間まで働いているのか?」

「ええ。今日はエルマーさんがいてくれたので、これでも早く終わった方ですよ」

「二十人も、腕白盛りの子供達がいては大変だろうな」

「良人が亡くなってからは何とか、母娘でやってます」


 そうか。と、エルマーは腕組みし、リード一家のことを考えていた。ジゼルが飲み物を出しながら声を掛けると、彼は、


「そう言えば、ジゼルさん。立ち退きの話は、いつ頃から始まったのだ?」

「ほんの、半月前です。それまでは立ち退きの話なんて、全然出なかったのに。今の代貸が来てから、物凄く厳しくなって。」

「……半月前。トムとリードが密会し始めたのと同じか。つまり、その頃、リードはこの土地に関して何か掴んだ筈だ。鍵は、その代貸が握っているな」


 と、エルマーは不意に立ち上がり、剣を帯びに差し込んで駆け出して行った。

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