第8話 幼き子の導き


「桐谷ー。」

放課後の時間も読書に費やす桐谷を追って、一臣も高校の図書室に訪れた。学年も二年生に上がり、学校に馴染むと共に桐谷もクラスメイトたちと笑顔で接することができるようになっていた。

「何?」

桐谷は本のページから目線を持ち上げて、一臣を見る。

「辞書とか辞典って、どこのコーナーにある?」

「図書委員に聞けよ。」

そう言いながらも桐谷は席を立ち、一臣が所望する本棚に案内してくれる。

「お、あったあった。サンキューな。」

一臣は嬉しそうに、辞書類に手を伸ばした。

「うわー…、なんだこれ。誰も借りないんかな。」

一冊を手に取り、パタパタと埃を払う。

「まー…。流行りの小説とかなら、別なんだろうけど。それに、電子辞書で事足りるだろ。何で、紙の辞書?」

「あーっと、知り合いが機械音痴っぽくてさ。」

「ふーん?」

桐谷はありがたいことにそれ以上突っ込まず、再び図書室の席に着く。何冊かの辞書や辞典を持って、一臣も桐谷の向かいの席に腰を落ち着けた。

「なあなあ、桐谷。桐谷って、本に詳しいよな。」

「詳しいって言うか、知ってることだけだよ。」

「文字を覚えるには、どんな本が良いと思う?」

「文字って…、ひらがなカタカナ、漢字?」

そう、と頷くと、桐谷はうーんと首を捻って自分のことのように考えてくれる。

「年齢にもよるよな。いくつ?四~五歳ぐらい?」

「年齢?年齢はー…、めっちゃ上かな。」

「あ、そんな感じなんだ。わりと状況、特殊?」

相手との特別な関係性を桐谷は勝手に想像する。

「いいや?友だちなんだ。」

「お前、誰とでも仲良くできるよな。すごいな、長所だな。」

感心するように桐谷は言う。そして、一つの提案を口にした。

「ま、でも、文字を覚えるなら最初は絵本とか図鑑から始めれば良いんじゃないか?学習なんて、楽しんでなんぼだろ。」

「なるほどねー。確かに。」

うんうん、と一臣は頷き、そして図書室を見渡した。その行動の意図を察して、桐谷が助言する。

「さすがに高校の図書室に絵本はないから、町の図書館で借りるか書店に行くべきだな。」

「そっか、そうするよ!」

一臣は本棚に持ってきた本を戻して、リュックを背負った。「助かったわ。ありがとな、桐谷。」

「おーう。」

まだ読書を続けるという桐谷と別れて、一臣は図書室を出たのだった。

そして自転車で急ぎ、町の図書館に向かったもののタッチの差で閉館の札を下げられてしまった。

「あー…、本屋ならまだやってるか。」

都会と違い、この辺の商店は夜七時には閉まってしまう。

腕時計を見て、一臣は自転車に跨がった。

閉店時間に間に合い、一臣は自動ドアをくぐる。快適な温度に設定された空調にほっと一息つきながら、児童書のコーナーへと向かった。

ベストセラーの絵本、作家のデビュー作。人気のあるシリーズ物。色鮮やかで、見ているだけで目に楽しい。ただ、財布の事情もあり購入するとしたら一冊だ。

「…。」

口元に手をやって熟考していると、不意に後ろから制服のボトムスの裾を引っ張られた。

「?」

振り向いて、目線を下に降ろすとそこには幼稚園児ほどの子どもがいた。

「どうした?」

一臣が膝をついて目線を合わせると、子どもは本棚の上段を指差した。

「ああ、取って欲しいのか。これ?」

差された方向にある絵本を手に取ってみるが、違ったらしく子どもは首を横に振る。

「んー、どれだろ。」

紹介するように一冊ずつ表紙を見せながら、確認していく。そして一冊の本に辿り着いた瞬間、子どもが目を輝かせた。

「これでいい?」

「うん。」

それはイラストや写真がたくさん載った植物図鑑だった。

子どもは嬉しそうに本を抱えて、保護者のもとへと駆けていった。そこにいたのは父親らしき男性で、少し子どもと話をすると一臣に向かってにこやかに会釈してくれた。

一臣も会釈を返し、もう一冊だけ残っていた植物図鑑を手に取った。


「桜海。」

本屋を出てそのまま、一臣は桜海のもとへと向かった。もうすっかり夜の帳が降り、白い月が木々を青々と染めている。

「あれ、一臣じゃないか。珍しいね、こんな時間に。」

桜海は相変わらず桜の木の根元に座って、のんびりとしていた。どうしたんだ、と問われて、一臣はリュックから本屋の紙袋を取り出した。

「これ、あげるよ。」

「? 何、…図鑑?」

受け取った袋から出てきた、本の表紙を見て桜海は目を丸くする。

「そ。植物図鑑。」

「…。」

呆然としたように目をパチパチと瞬かせる桜海を見て、一臣は困ったように笑った。

「外したかな。」

「いや、びっくりしただけ…。」

愛でるように桜海は植物図鑑の表紙を指の腹で撫でる。触れるか触れないかの力加減で、そっとした動作だった。

「一臣は、僕の欲しいものが何故わかるんだ。」

その目色は、あの時の子どもと同じ輝かしい光りを放っていた。

「ありがとう、一臣。」

「良かった。」

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君ノ木陰 真崎いみ @alio0717

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