第19話 終わりの予感

「こいつらで十一月にアルバムを出す。それで曲はまかなえるだろ」

「十三曲って、まあみ数と掛けてるのもわかるっすけど」

「いきなり増えすぎですわ! お正月明けの体重ですの!?」

「貰えるだけありがたいと思いなさい。無名のグループとしては破格の待遇よ」

「一応、黎明くろあだけは売れてるもんでな。おかげで曲も会場も楽に手配出来た」

「ここでもボク達、黎明さんにおんぶに抱っこなんだね…………」


 知ってはいたが、ここでも見せつけられるんだ。黎明さんとの、格差。

 いつか埋められるものと、どうしよう、最近は思えなくなっていた。


「と、オレに用意出来るのはここまでだ」


 落ちてきた、声。見上げると、黒翼を広げた東條さんの姿があった。

 そうだ。しょぼくれた姿ゆえ忘れそうになるが、彼は正真正銘の悪魔だ。


「大悪魔マモンとして命じる。この会場を、悪魔に堕とせ」


 ボッ、最奥の座席が青く光る。

 かと思えば、続いてその前の席が、同じように青く光り、光り――――、そうやってまるでドミノでも倒したかのように、会場全体に青い光は広がっていく。だが同時にその光は揺らめき、混じり合い、大きくもなって、――――ああ、これ、燃えてるんだ。

 そう気づいた時にはもう、辺り一帯青の業火の渦巻く、地獄と化していた。


「観客を集め、熱狂ねっきょうさせろ。そうして生まれる業炎ごうえんで、会場を焼き落とせ」


 彼が言うや否や、業火に包まれていた会場が柱を崩し、天井を降らせ――――。

 ――――落ちてくる。ボク達の、真上に――――。

 ひっ! 咄嗟とっさにボクは腕で頭をかばい、目を伏せる。

 だがそれ以上何もなく、再度開いた視界に映ったのは、寂れた一室だった。


「そ、そうだ…………。ボク達が居るのって、事務所の地下で…………」


 九死に一生を得たかの開放感からか、思わずボクはその場にへたり込む。

 本当に潰されるかと思ったんだ。心臓もさっきからドクドクとうるさい。


「って、他の皆は!? 皆ちゃんと、こっちの世界に戻れて――――」


 経験上、天啓てんけいからは帰れているはずだが、驚いて倒れでもしていたら、


「観客、ぬいぐるみじゃダメっすかねぇ。ズラッと並べれば壮観そうかんっすよ」

「まあ! 素敵ですわ! お兄様の車のダッシュボードを思わせます!」

「アンタ達ね…………」


 慌てて見回したのだが、うん、心配するまでもなかったね。

 ふざけ合う咲良さくらちゃん達を前に、黎明くろあさんが頭を抱えている。


「あんま気楽に考えるなよ。この成否次第でオレ達は終わりだ」


 そんな彼女達に釘を刺す東條さんだが、その先端はボクに刺さる。


「そうだね、あんな凄い会場、借りるんだもの…………」


 場所代、設営、運営など、その全てに多額たがくのお金が絡むはず。

 大した後ろ盾もないボク達だ。失敗すれば次に回せる活動費はきっとない。

 そうして活動困難となれば、各々目的のあるボク達は、多分一緒には居られない。

 解散だ。そして今の環境すらようやくつかんだボクに、次があるとは思えない。


「だったら、もっと狭くて、絶対埋められる場所でやった方が――――」


 連鎖的に巡る嫌な想像が、理想のアイドルらしからぬ台詞をボクに吐かせる。

 そうだ。これはボク自身の本音だ。だから、何の力も持たない。


「総合的に判断した結果がこれだ。悪いが変更は一切受け付けない」

「大丈夫っすよ。一応これでも、やるぞー、って気にはなってるんで」

「そうですわ! お兄様を超える大集会、やってやりますわ!」

「そうね。久々のホールだもの。私も少し、燃えてるわ」


 逃げ場はない。暗にそう告げる東條さんに、各々気合いのこもった言葉を返す彼女達。


「わ、わかったよ…………。ならボクも、覚悟を決めなきゃ…………、だよね」


 ようやく立ち上がって言うが、けどそれは、ただ皆に合わせただけの言葉だった。

 咲良ちゃんも碧姫あきさんも、ボクを置き去りに、黎明さんを追い掛けて――――。

 その速度に今回こそ食らいつけたが、追いつけなくなるのは時間の問題だ。

 このままじゃ、ダメだ。ボクも何か、変わらないと――――。

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終末、アイドルライブ『で』やります。観にきて下さい 四目ハッテ @hattechan6

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