この顔はまだ見せたくありませんの

 シエルの魔法で待ち合わせの場所がある街まで瞬間移動をした私達。


 そこから大体徒歩10分くらいで待ち合わせの場所に着くらしい。


 その間も、私はシエルに抱かれ続けていた。少しの時間なら歩くという私の意見は受け入れてもらえず、むしろシエルから少しだけ不満気な雰囲気が伝わってきた為、仕方なくそのままお願いする事にした。


 だが、街ということもあって普通に異世界の人々が歩いていた。


 そして、いくら色々規格外である異世界人とはいえ、メイドにお姫様抱っこをされて街中を堂々と歩く女の子という図は珍しいものらしく、私達は注目の的になってしまった。


 他の子は勿論、シエルも全く気にしてはいなかったが私はあまりの恥ずかしさに顔を赤くした。そして、そんな姿を見せたくなくて、シエルに強く抱きついて顔を隠した。


「これは…ギルドですの?」


 目的地に着くと、エミリーが驚いたように声を上げる。


 それに合わせて私もシエルの首元から顔を出して見る。そこには少し古い木造の建物があった。


「そうですね。ユリエラさんからはこのギルドが待ち合わせ場所であり、拠点であると。」


「…ギルド?」


 エミリーとシエルが使っていた言葉に、疑問符を付けて首を傾げる。


「ご主人様の居た場所にはありませんでしたか?」


「うん。そういうのは無かった。…けど、架空の存在としてはあったなあ。」


 それこそ漫画やアニメの世界ではよく聞く単語ではあったが、実物は勿論見たことがない。


「ギルドとは基本的に一般の方が仕事の依頼をする場所、ですね。主に魔物の討伐などの力が必要な依頼をギルド側が受け、魔法使いや冒険者などがそれをこなします。」


「おお、架空のギルドまんまだ!それなら大体分かるかも。」


 簡潔な説明だったけど、大方私もよく知るギルドだった。シエル達はギルドの存在を当たり前に捉えてる事から、それらは一般的なお仕事なんだろう。


「ですがこれは…」


「ちょっと。ボロい。」


 エミリーとティアラちゃんの幼女組は、建物を見上げてそうつぶやく。


 確かに古びてはいるが、清掃はこまめにされているのか汚い印象はない。幼女達の純粋な感想なのだろう。


「随分好き勝手言ってくれる。」


 そんな言葉に返事をしたのは、見知らぬ男の声だった。


「…誰。」


 そう言葉にしたのはミレイユさん。それを合図にみんなの雰囲気が変わる。臨戦態勢。


 そんなみんなの殺気に、私も体が強張る。


「先に名乗るのが礼儀ではないか?」


 男性にしては長い金髪、白い肌。高身長で細身ながら、良く鍛えられているのか力強い佇まい。所謂イケメンとよばれる類の容姿だ。


 そんな男は、するどい目つきで私達を睨んでいる。


「お姉様、殺していいですの?」


「いやいやダメに決まってるでしょ!?」


 人を殺める際に許可を求めるようになったエミリーの成長に驚きつつも、その血の気の多さは健在で既に武器を構えている。


「こんな小娘に…俺も舐められたものだな。」


 男は相当腕に自信があるのか、皆んなの殺気を受けているにも関わらず、腰にかけられた剣は抜かれていない。


「あ、あの。私達はミレイユさんに言われて来ました!一応、その、救世主として。」


 その様子に、戦闘は避けるべきだと考えて話し合いを求める。


「…救世主…貴様らが?」


「正確には、救世主なのはご主人様だけです。」


「そのふざけた奴がか?」


 しかし、未だにシエルに抱かれている私の情けない姿のせいで、男に要らない疑惑を抱かせてしまった。


「貴様ら、救世主を騙る偽物だな?」


 そして、男は眉間に皺を寄せてとうとう剣を抜いた。…抜いてしまった。


 みんなの殺気を受けながらも余裕の態度をとっていた人。素人の私でも分かるのだ。そんな殺気を前に余裕を持っていたこの人は絶対強い。


 そんな人が剣を抜いた…いよいよとんでもない戦いが起きてしまう。初めての本気の命のやり取り…怖い。


 私は己の弱さを恥じながらも、シエルの服を強く握る。とにかく怖かった。


「ご主人様、ご心配なく。」


「…シエル?」


 そんな私の恐怖心を察してくれたのか、シエルが私を優しく更に抱きしめてくれた。


「ティアラ。分かる。こいつ。雑魚。」


「え?」


 そして次に発言したティアラちゃんは、既に臨戦態勢を解いてた。


「アタシ達の殺気の中で余裕を見せてたから、最初は余程のやつかと思ったけど」


「…単に馬鹿なだけね。」


 そして同じようにリリスは腰に手を当て、ミレイユさんは腕を組み、余裕の態度で呆れ果てていた。


 どういう事だろう。この男の人、強いんじゃないの?


「っ…言わせておけば!」


「ねぇ、何してますの?」


「ぐあっ!?」


 そんな風に不思議に思っていると、その男の背後に居たらしいエミリーが、その短く小さな足で男を蹴り飛ばした。


 まるでギャグ漫画のように男は顔面を地面に滑らせながら吹き飛んだ。


「え、えぇ…?」


「あの方は、エミリーが背後に回った事にすら気づいてなかったようです。二流どころか三流も怪しいレベルですね。」


 シエル曰く、そういう事らしい。


 みんなの殺気を受けながらも余裕で立っていたのでは無く、単に鈍感で殺気を感じてすらいなかっただけらしい。


 エミリーが背後に回った事で、それが明らかになり、みんなは呆れ果てたという事だ。


「つまんないですの。」


「くっ…卑怯な手を…使ったな!?」


「アホね。アイツ。」


「あれは。数合わせの駒にも。したくない。」


 みんなの余りにも辛辣な物言いに、私は苦笑う。


 あの男の人、最初あんな強そうな雰囲気だったのに…見る影もない。


「こ、こんのぉぉぉ!」


「うっさいですのよ?その無駄口叩くお口、首ごと切り落として差し上げますわ!」


 男が吠える。それと同時に、エミリーが酷く冷たい表情をしたかと思うと、いつかのようにチェーンソーを取り出し、振り上げる。


「ダメ!エミリー!」


 それを見て、私は一気に血の気が引いて、大声で叫ぶ。


 エミリーの過去は知らない。でも、あの様子だとたくさん人を殺めてきたのだろう。抵抗だってないのだろう…そうだとしても、私はエミリーにもう人殺しはしてほしくない。


 それでも、エミリーは動きを止めずに、ゆっくりとチェーンソーを頂点まで上げる。


「シエル!!」


 私はシエルの服を掴んで、目でエミリーを止めて欲しいと懇願する。


 シエルはそれを受け取って、私を抱いたママ足に力を込める。


「…そこまでだぜ。嬢ちゃん。」


「っ!?」


 しかし、シエルがその足を動かす前に、エミリーのチェーンソーは粉々に砕け散り、次の瞬間にはエミリーは金髪の男性から逃げるように距離を取っていた。


「…いま、何が…」


「悪りぃな。この勝負、ここまでだ。」


 そして、エミリーが居た場所には、中年らしい男性が立っていた。


 髪は後退しており、頭の頂点の方はもう無い。髭も整えては無いようで、まばらに生えている。身体の方も中々に肥えており、バストとウエストが出ている。そして身長が高い事もあり、総じると熊のような容姿をしている。


 そんな大男の手には、エミリーのチェーンソーの残骸が握られていた。


 その姿を見るや否や、全員が再度戦闘態勢に入る。


 金髪の男性の時とは明らかに違う。みんなから伝わる緊張感…きっと、あの大男は本物だ。


「ブ、ブレイブさん…」


 金髪の男性は、頰を真っ赤に染めながら大男を見ていう。恐らく彼の名前なのだろう。


「勝負?これはただの殺人あそびですのよ?」


 エミリーはいつの間にか大剣を取り出しており、鋭い目つきで男を睨んでた。


 エミリーのその真剣な表情は初めて見るものだ。それだけ大男に対して警戒しているのだろう。


「ふむ…ならその武器、どうしたら収める。」


「勿論、斬られてくれたら」


「俺が斬ることになるが、いいのかい?嬢ちゃん。」


 二人がそんなやりとりをした瞬間、エミリーの小さな身体は吹き飛ばされ…まるで私達の場所にお返しと言わんばかりに、ちょうどシエルと私の目の前に着地していた。


「エミリー!!!」


 それを視認した瞬間、私はシエルの腕から抜け出し、エミリーに無我夢中で駆け寄る。


 シエルとリリスが私達を庇うように前に出る。後方はミレイユさんとティアラちゃん。完全に防衛体制に入る。


 あの大男の人、相当ヤバい。


「…けほっ…これ、は」


「よかった…エミリー、大丈夫?」


 私に抱えられたエミリーは、苦しそうに一度息をしてから悔しそうに歯軋りをする。何はともあれ、命があって心の底から安堵する。


「…大丈夫ですの…あいつ、今に切り刻んで…」


 しかし、同時にエミリーの闘争心も全く静まっておらず、身体から大きな槍のような物を取り出す。


「ダメ!…もうっ!すぐ喧嘩売るのはやめて!」


「うっさいですのよ!戦う事も出来ない軟弱な奴が口を挟むなですの!」


 私がそんなエミリーを強く抱きしめて、身体で制止する。怒りに身を任せているエミリーは、私を引きずりながら戦いに行く勢いだ。


「確かに私は闘えない…でも、心配くらいさせてよ!」


 それでも私はこの娘を闘いに送り出したくなかった。こんな幼い子に怪我をしてほしくないのだ。


「…エミリー、お願い。」


 この子はどうしてか戦に狂っている。その理由は分からないし、それ相応の強者である事は分かっている。


 けど、やはり私にとっては「お姉様」と笑って応えてくれたエミリーが好きなのだ。


 ぎゅっと抱きしめて、その小さな後頭部を優しく撫でる。


「エミリー、そこまでです。あの方は敵ではないと思います。恐らく、このギルドのマスターでしょう。」


 シエルが大男に警戒しながら、私の手助けをしてくれる。


 すると、フーッ、フーッ、っと何度か息を荒くしてからエミリーは槍のようなものを身体に仕舞い込んだ。


 私の言葉では届かなかったことに悔しさを感じて下唇を噛み締める。この世界に来てからまだ二日目なのに、自分の無力さを何度呪ったか分からない。


「…離しやがれですの」


「あ、うん…ありがとうね、エミリー」


 そう言うエミリーを急いで離して、戦闘をやめてくれた事に対する感謝の言葉を発する。


 それに対しての返事は何も返ってこない。


 不機嫌…というより、少し俯いて顔に影を落とすエミリーが心配になった。


「ブレイブさん…でよろしかったでしょうか?」


「おう。嬢ちゃんの言う通りここのマスターをやってる」


「大変ご無礼を…わたくし達はユリエラ様からこちらに出向くよう指示されて来ました。」


「いや、こっちもうちのモンが迷惑かけたな。全く、いつまで経ってもアホンダラで仕方ねぇ。」


「ブ、ブレイブさんっ」


 シエルの言う通り、大男のブレイブさんは敵ではなくこのギルドのマスターであった。


 話してみると全く悪意は感じない。最初から彼には戦闘の意思はなかったらしい。


 ブレイブさんは、顔を真っ赤にしている金髪の男性を軽く抱き上げた。


「…今夜、お仕置きだ。分かったな?」


「は、はぃ…」


 そして、金髪の男性の耳元で何かを囁いたようだったが、私には聞こえなかった。


 代わりに、ブレイブさんが離れた所には更に顔を赤くした金髪の男性がボケッと立っていた。


「おし、とりあえず中に入れ。話は飯でも食いながらゆっくりすりゃあいい。…ロベルト。俺は食事の用意とガキ達の世話したら行く。嬢ちゃん達の案内は頼んだぞ。」


「は、はいっ!…つ、ついてこい貴様ら!」


 一拍置いてから、ブレイブさんが金髪男性のお尻を叩いてそう言う。


 それで気を取り直した金髪の男性…ロベルトさんは私達を睨みながらそう言った。


 一体2人はどう言った関係なのだろうか。


 でもそれよりも、気になるのはエミリーだ。


「エミリー、ちょっとおいで。」


「…なんですの?」


 私はエミリーを手招きして、自分の側に寄らせる。不機嫌ながらもきちんと側に寄ってきてくれるのは愛らしい。


 戦闘に狂っていないこの瞬間は、年相応に可愛らしい女の子である。


 そんな彼女の右腕と右側の頰にうっすらと血の滲む跡。飛ばされた時に擦りむいたのだろう。


「ロベルトさん。救急箱ってありますか?」


「あ?なんだそれは」


 なるほど、この世界は救急箱じゃ通用しないらしい。


「えと、シエル。怪我を治療するお薬とかって、なんて言うの?」


「あぁ。ヒーリングアイテム、または医療具ですかね?」


「…それなら中にあるが」


 ゲームの中のアイテムみたいな名称に苦笑しつつ、私はロベルトさんにそれをねだる。


「…お姉様?」


「んー?」


 不思議そうにキョトンとした表情で私を見るエミリー。


「何をするおつもりですの?」


「エミリーの治療をするんだよ。」


「はっ、大袈裟な。少し擦りむいた程度だろう?」


 私がエミリーの質問に応えると、ロベルトさんから横槍が入る。


 悪い人ではないんだろうけど、私の中でこの人の印象はあまり良くない。なのでとりあえずロベルトさんは無視する。


「いらないですの。こんな擦り傷」


「ダメだよ。バイ菌…がこの世界にあるのか知らないけど…傷口放置するのは絶対良くないから。」


 眉間に皺を寄せて不機嫌さを隠しもしないエミリーに苦笑しつつ、私はエミリーの頭を撫でる。


「貴女のように軟弱ならこれくらいの傷でも重症になるんでしょうけど、ワタクシは全然平気ですのよ。馬鹿にしないでください。」


「うん。分かってるよ。私にはなんの力もない。」


「…」


「だからせめて、治療だけはさせて?お願い。」


 根気強くエミリーの瞳を見つめて、意思を伝える。


 そうしていると、エミリーが膨らませていた頰が萎んでいく。


「なんなんですの、貴女。」


 そして今度は頬の代わりに小さな唇が尖る。


 場違いだけど、感情に合わせて表情がコロコロ変わるエミリーが愛らしいなと思う。うちの召喚魔達は中々感情が顔に出にくいから、エミリーは素直で可愛い。勿論他の子だってちゃんと可愛らしいけど。


 おかげでエミリーの頭を撫でる手が止まらない。


「…早く済ませろですの。」


 そうしてエミリーの機嫌を取っていると、唇は尖らせたままに了承してくれた。


 リリスの時にも思ったけど、やっぱり根本的にはすごくいい子達なんだと思う。最初こそ怖かったけど、話してみたらなんてことない女の子達なのだ。


「じゃあシエル。先にロベルトさんから話を聞いといて貰える?私はエミリーの治療が終わったら行くから。」


「かしこまりました。」


 私はロベルトさんから医療箱…ヒーリングアイテムを受け取ってから一度エミリーと2人きりになることを伝え、エミリーの手を引いて、近くに置いてあったテーブルに向かう。


「さてと…おお。ちゃんと消毒液と製水がある。それにガーゼも…手順は地球と同じ感じでいいのかな。」


 思ったよりも地球にいた頃の救急箱で、助かった。人助けをこなす中で何度も使ってきたから、やり方は大体わかる。


 傷口を洗って、消毒して、エミリーの治療は物の数分で終わった。我ながら中々の手際の良さだ。


「…あの。」


「んー?」


 治療を終え、借りた道具を整理しているとエミリーに声をかけられる。


「どうしてワタクシに治療を」


「そんなん、当たり前だよ」


「当たり前…ですの?」


「うん。だって怪我してる子がいたら放ってなんておけないもん」


「ですから、こんなの怪我にもはいらないと…」


「そんなことないよ。放置して可愛い顔に傷が残っちゃったら大変でしょ。」


 そんなやりとりをすると、エミリーの眉間に皺が寄ってくる。


「…お姉様は、なんなんですの」


「何って?」


「ワタクシ…ここに来てからまだ誰も殺めてませんのよ」


「…え?」


「こんな無価値なワタクシに、どうして優しくするんですの?」


「…エミリー」


 そのエミリーの言葉に、私の胸はぎゅっと締め付けられる。


 本当になんとなくだけど、分かってしまった。エミリーが戦闘を好む理由。そして殺人を積極的に行おうとする理由。


 こんな小さな身体で、一体どれだけの重荷を背負って生きてきたのだろうか。


「何があったか言いたくなかったら言わなくてもいいよ。…でも、これだけは覚えておいて欲しい。」


 私は気付けばエミリーを抱きしめていた。


「私はエミリーに…出来れば殺しはして欲しくないと思ってる。」


「弱者特有の甘い思考ですわね。ワタクシの居る場所は貴女の様な方にはわからない世界ですの。」


 分かっている。私の願いは完全にワガママでしかない。


 そもそも私の考えは地球での善を前提とした物。エミリーの世界でそれが善とも限らない。


 そもそも善悪なんてものは人間が多数決で決めた定義に過ぎない。視点によって必ず変わる物なのだ。


 だから、私のワガママだ。


「そもそも、ワタクシは貴女の戦う駒なのでしょう?どうあがいても戦う事からは逃げられませんのよ。ワタクシ自身戦をやめるつもりもありませんが。」


「…そうだね。戦うことは避けられないかもしれない…けど、殺さない選択肢はある。」


「殺さなければ殺される。それが戦ですのよ。あまったれるなです。」


 まだ経験したことがない、本当の殺し合い。


 ユリエラさんの話で聞く侵略者プレデターはかなり気性が荒い…正直、平和的解決は望めないだろう。


 …分かっているのだ。そんなこと。


「…うん、ごめん。ワガママなのも甘い考えなのも、分かってる」


「そんな思考が出てくる時点で、何も分かってませんわ。」


「…」


 こんな幼い子に、正論をぶつけられて黙る私は本当に情けない。


 救世主だなんて大層な役職につきながら、その内情はこんな女の子達に手を汚させているだけ。私自身には何の力もない。


 リリスに言われた言葉が、いよいよ現実になりつつある。


 だけどせめて、この子達の為に私は足掻きたい。


「早く戻りますわよ。みなさんが待ってますの。」


「エミリー!」


「なんですの貴女。」


 私は歩き出したエミリーを背後から強く抱きしめる。


「…考えとか、甘いかもしれない…けど、戦わなくても私はエミリーが生きててくれれば、それでいいから。」


「…何を」


 とにかく殺人の件に関してはまだ解決案はない。


 でもエミリーの価値観については、私にもどうにかできるかもしれない。とにかく今はこの子に奪われるであろう命達よりも、この子自身を救いたかった。


「戦わないワタクシに価値など…」


 そう言うエミリーの身体が震えている事に気づく。


 私はそんな彼女の前に回り、今度は頰を優しく包み込む。


「戦ってない女の子がここにいます。」


「…は?」


 私の脈略の無い言葉に、エミリーは大きな目をパチパチとさせて私を見る。


「うん。すっごく可愛い天使が残ったね。フリフリのお洋服がよく似合ってて、笑うと本当に可愛い。そんな女の子。」


「っ…」


 そして、私の言葉の意味を理解したエミリーは一度大きく目を開き、それから眉間に皺を寄せて私を睨む。


 きっと少しだけ機嫌を悪くしたエミリー、でも私はそのまま続ける。


「…ごめんね、ダメダメな主人で。でも、私はエミリーがどうなろうと、絶対に見捨てないから。」


「ワタクシが見境なく人を殺しても、同じことを言えるんですの?」


 発言は中々に過激なものであったが、私は提案自体が否定されなかった事に安堵した。


「うん。そうなっても、私が死ぬまで永遠にエミリーの側に居る。側で永遠に説教し続けてあげる。」


「…ワタクシに説教だなんて、生意気ですわね」


 私のとんでも話に、エミリーは呆れた様に頰を緩める。


「もし、自分には戦いしか価値がないと思ってるなら大間違いだから。少なくとも私はそんな事思ったりしないから。」


「…口では何とでも言えますわ。」


 強い意志を持ってエミリーに想いを伝えると、エミリーの視線が斜め下に逸れる。


「そうだね。でもエミリー、嫌でも信じる事になるよ。」


 またエミリーの眉間に皺がよる。


「私、すっごくしつこいから。」


 そして私がそう言うと、エミリーは私の手を振り解いてしまう。


「…うざいですわ」


 そしてそう言って、1人で歩き出してしまう。


 けど、私は見逃さなかった。手を振り解く前、すごく嬉しそうに笑みを浮かべていた彼女を。


 本当に素直で、可愛らしい子だ。


 だからこそ、早く彼女の信頼を得たい。闘い以外のあの子の価値を教えてあげたい。


 その為にはやはり、私が頑張らなければ。


 私は急いでエミリーの跡を追った。でもみんなの待つ場所まで彼女は私よりも少しだけ早く歩き、絶対に横には並ばせてくれなかった。

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おひさま物語 水瀬 @minase_yuri

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