メイドは譲れない

「これは…どういうことでしょう。」


 シエルは相変わらず無表情であるが、その言葉と言葉の間が困惑を表していた。


 その視線の先に居るのは、


「えと…あはは。」


「気にしないで。早く行くわよ。」


 お姫様抱っこされた状態で現れた私と、リリスである。


 集合場所には既に残りの4人が揃っていて、私達は最後になってしまった。少しリリスといちゃいちゃしすぎたせいである。


 他の子が怒ってないか、ちょっとだけ怖かったけど、私達が姿を現すと怒りよりも困惑の空気が場を包んだ。


「破壊者。1日で。変わりすぎ。」


 ティアラちゃんは唯一見える小さなお口をポカンと開いて困惑。


「一体これはどういうことですの!?」


 エミリーはまん丸な目を大きく開いて、小さな手足で大げさに困惑を表現。


「何?惚れ薬でも飲ませた?」


 あの冷たい表情が特徴的だったミレイユさんも驚きの表情を浮かべてみせた。


 まぁ、そうなるよね。


 だって昨日までリリスは明らかに私を目の敵にしていたし。お姫様抱っこで私がエスコートされてくるなんて誰も想像してなかったはずだ。私だって驚いている。


「コイツの足で歩くより、アタシが運んだ方が効率的ってだけよ。他意は無いわ。」


 そんな驚きを各々の形で表現している四人に、まるで興味がないみたいに平坦な声でリリスはそう言う。


 実際リリスが言っていることは本当だし、他意だってないはずだ。


「あ、ありがとうねリリス。じゃあ、下ろしてもらえる?」


 とりあえず、最初の目的地には着いた。まぁここが出発点なのだが。もう下ろしてもらっていいだろう。


「…リリス?」


 しかし、私の言葉を聞いたリリスはすこしだけ不満気に私を見つめていた。


 不思議に思って、そのルビー色の瞳を見つめ返す。


「…別に、いいけど」


 すると、目線を逸らして私をゆっくりと下ろしてくれた。


 怒っている…ようには見えなかったけど、やっぱりまだリリスの事は分からない。何か気に障ったのなら謝りたいが、何をしてしまったのかは分からない。


 分からない事だらけだけど、リリスは不安気に見つめる私の髪を一度だけ優しく撫でてくれた。


 もう、その行為だけで嫌われた訳では無さそうだと安心して、心地よさに目を細めた。


 他の四人はその間ただただ私達を見ながらたち尽くしているだけだった。



 目的地まではそこそこの距離があるらしい。


 勿論お金は無いので、残念ながら食事は出来ない。


 それでも歩いて行くことを提案したシエルに頷いたのは私だ。どういう訳か、彼女達はこの世界に疎いらしい。なので調査も兼ねてシエルのテレポート的な魔法は使わずに向かうことに決定した。


 しかし、飲まず食わずでの移動は私の想像以上に身体に負荷がかかるらしい。


「ねぇ、この人置いていってもいいですの?」


 エミリーは、涼しい顔をしながら私を見てそう言った。


 薄々気づいていた。みんなが私に合わせてくれていて、少しづつその遅さに不満を募らせているのを。


 地球だと運動神経はいい方に分類されていた私だけど、さすがにみんなとのレベルが違いすぎる。


 一番幼く手足の短いエミリーの方が何倍も早く動く。


「ご、ごめんね!もうちょっとペースあげよっか!」


 重い足を必死に動かして、私は前に進もうとする。


 これ以上情けないところを見せてはダメだ。戦闘面でみんなに頼り切りになっちゃうのは割り切るしか無いけど、根性でなんとかなる部分くらいはなんとかしてみせる。


「失礼します。」


「んえ!?シエル!?」


 と、意気込んで足を動かし始めた私の身体は宙に浮く。


 気づけばシエルに抱き抱えられていた。


「ご主人様、申し訳ありませんがここからはわたくしに身をお任せください。」


「い、いやいや!?さすがにそれは…」


 恥ずかしさもあるけれど、それ以上に主人としてのプライドがある。


 こんな些細な事でも足手纏いになるのは嫌だった。戦う事以外の事はせめて手を煩わせたくない。


「わたくしでは…いけませんか?」


「え?」


 しかし、そんな風にシエルを拒否していると、無表情に平坦な声ながらに悲しみを感じさせるような言葉が投げかけられて、私は近くにあるシエルの顔を見つめる。


「先程ご主人様はリリスさんに抱かれていました。…わたくしは…いけませんか?」


 そして小さい声で、シエルはそう言った。


 思わぬ言葉に、私の心臓はドキリと跳ねる。


「そ、そうじゃないけど…申し訳ないというか…私だけ楽してるみたいで…」


「そういった理由でしたら、やはりわたくしに抱かれてください。」


 そう言って、シエルの余りにも強すぎる顔がさらに近づいてくる。シエルの甘い吐息がかかる距離。私の顔に熱が集まる。


「このまま歩かせて体調を崩してしまわれますと、呪印の関係でわたくし達の方が危険に晒されます。近辺調査は後回しにして、まずは拠点の方に向かって体調を整える事が先決かと。」


「っ…そう、だよね…」


 そんなドキドキの距離で、シエルの口からは私を刺す正論が吐かれる。


「じゃあお願いしてもいいかな、シエル」


 私は下唇を噛み締めて自分の弱さと甘さを痛感する。


「召使の分際で、申し訳ありません…」


「あ、謝らないで!?どう考えても私が悪いんだから!」


「…ご主人様」


 表情筋は相変わらず仕事をしていないが、明らかに落ち込んだ様子のシエル。


 私が弱いからシエルに辛い役回りをさせてしまった。頭まで下げさせた…本当に私は何やっているんだろう。


 気づけば近くにある、美しい顔に手を置いていた。


「シエルごめんね、少しだけ足手纏いな自分に焦ってた。…シエルのおかげで冷静になれたんだよ。本当にありがとう。」


「…ありがたきお言葉でございます」


 謝罪と感謝をしながらシエルの頬を撫でていると、なんとシエルは瞼を閉じて自分でその柔らかな頬をすりすりとしてきた。


 …え、可愛い。


 こんな怖いくらいの美女が、こんな甘え方するの?…破壊力が凄まじい。


 お姫様抱っこをされながら、超絶美女のそのモチモチな肌を楽しむ。なんて図だろう。


「ねぇ、ちょっと?」


 その声に私ははっとして手を離す。


 リリスの少し怒気を含んだ声だ。少し怖いけど、おかげで今はこんなことをしている場合ではないことを思い出した。


「あ、みんなもごめんね、ちょっと目的地で休憩してから周りを探索に予定変更してもいいかな?」


「ま、お姉様は軟弱なお方なので許してあげますの。」


「ティアラも。お腹。減った。」


「…別にどっちでもいいわ。元から興味のない事だし。」


 エミリーもティアラちゃんもミレイユさんも、そこまで怒ってる様子はなかったから一安心だ。


「…ふん。」


 だけどリリスは私から目を逸らして、少しだけ頰を膨らませていた。


 多分、昨日あれだけの威勢を張ったのにこのありさまの私に失望したのだろう。今のままでは私は、リリスが嫌いな無能女そのまんまだ。


 とりあえず今夜から身体作りを始めよう。全然意味はないかもしれないけど、とにかくリリスに努力する姿勢だけは見せたい。信用を裏切ることだけはしたくなかった。

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