第2話 体育館
高校に入学して三ヶ月も経った頃、チョットした事件が起きて、先輩ととの付き合いが始まった。1年先輩は校内でも評判の美人だった。とはいえ、そういう先輩に対しての感情など全く無かった。
生まれた時から心臓が悪く、運動は得意では無かった。小中学校の時は、健康状態の申し送りが出来ていたらしく、疲れると途中で休んでも何も言われなかった。本当は心臓だか、単なるサボり癖だか解らないが、とにかく飽きっぽい性格で、何事も途中で止めてしまい、特に集団での行動は大の苦手だった。中学の頃は学業成績だけは良くて、通っていた中学も市内トップの成績で、県内でも上位だった。
最も賑やかな商業地区の生徒が通う中学で、当時としては設備も揃っていて、必要な物は臨時のPTA総会にかければ、すぐに寄付で購入してしまう。まだ他の学校はオルガンしかなかったのに、併設されていた小学校と中学の音楽室には縦型のアップライトピアノがあり、中学の体育館には立派なグランドピアノが置かれていた。このピアノだけで、当時は他の学校から羨ましがられた。
戦後のベビーブームの中、1クラスに50人を超える子供達がいて、校舎も他校ではプレハブだが、市立校なのに寄付金で校舎の増設までした。この中学の中でも成績は上位20名の中に入っていたし、PTAの中でも高額の寄付をしていたので、ワガママも通っていた。しかも悪いことに、生まれた時から遠縁の女の子を子守役として付け、中学入学まで殿様のようにワガママだった。
中学を出ると半数が就職をし、何人かは纏まって東京へ「金の卵」と呼ばれて行った。高校進学も募集数が少なく、競争は激しかった。半数の生徒は県立高校を希望し、上位者は県立の中でも進学校として県下でも名の通った高校に行く者が多かった。とうぜん今の成績なら進学校から大学へ進むものと思っていた。3年になり胸の苦しさから、大学病院で精密検査の入院をした。特に異常はなかったのだが、無呼吸状態で、いわば死産の状態で産まれた未熟児なので、親は離れた土地への進学をさせたくなかったようで、教師と話して少しレベルの低い男女共学の高校を薦めた。
幼い頃から女の子に囲まれて育ち、男の友達などいなかったので、男子だけの高校よりも、内心では喜んで共学の方を受験した。とうぜん今までの友達は女子高に行き、初めて孤独感を感じ、部活にも身が入らなかった。勉強も努力もしないのに常に上位になり、進学という希望も薄れて、励みなど感じない。
入学式にも嫌々出掛けた様な具合で、部活の申込も群れることなどないだろうと、たまたま目に付いた剣道部と書いてしまった。この高校、学業成績は悪いのに、妙に運動部だけは頑張っているようで、県大会とか全国大会とかに出ていた。剣道部も県大会で毎回2位か3位で、この1位になれない歴代の悔しさは、新入部員にとっては迷惑な事だった。
柔道部は県大会で優勝し、全国大会にも出るという伝統とかで、校内では肩で風切る迷惑な存在だった。部活の顧問は柔道よりも相撲が似合うような、縦にも横にも大きな身体で、顔は更に恐い顔をしていた。
広い体育館は、頑張ることが宿命づけられた、この剣道部と柔道部がメインに使っていた。体育館の壇上は、創作ダンス部が使い、まさに独壇場で広くもない壇上を自由に練習場としていた。このダンス部は太鼓や銅鑼や木を叩く音など、音楽とも思えぬ音を流しながら、毎回黒いレオタードでクネクネと踊っていた。
疲れたと言えば幾らでも休むことの出来た中学とは違い、次第に部活の中でも浮いた存在になり、どう扱って良いのか困っていたようだ。毎回練習時間が重なる柔道部は、校内でも特に問題のある生徒が多かった。バンカラな柔道部の天敵はダンス部の女子達で、レオタードの姿に弱かったのだろう。そんなのに興味も無かったので、疲れると壇上の下に座っていた。
他の者には、レオタード姿の踊りの近くを独占してることが羨ましかったのか、目線がこちらに向いたり上に行ったりしている。取り扱いに困って部活の先生に相談したらしく、ある時期から疲れると勝手に休むことが許されるようになった。心臓が悪いというのは実に便利なモノで、早く帰りたいと思えば、医者に行くと言えば早退も自由になった。
いつもながら途中で休んでると、畳を敷き終わった柔道部の部長が来て、胸ぐらを掴んで引っ張り起こし、畳の方に引きずり始めた。息が苦しいので振り払おうとしたら、今度は柔道の技をかけ始め、何度かかわせたが、それが悪かったようだ。板敷きの体育館の上で、巴投げをかけられた。技は見事に決まったようで、一回転して背中を強く打ち付けられ、それ以上に剣道着の胴が喉を突く形になり、一瞬気を失った。
咳き込みながら気付くと、ダンス部の先輩が覗き込んでいた。久し振りに嗅ぐ女の子の汗、本当にこの先輩はキレイな子だな、などと邪心が湧くと共に、喉の痛みと苦しさで激しく咳き込んだ。
柔道部の顧問が来て、背負って医務室に運ばれ、近所の校医を呼ぶために先輩だけを残して出て行った。
「すみません、もう誰も居ませんか。」
「わたし一人だけど、大丈夫なの」
ベッドから半身を起こして、喉の辺りを確かめた。
「先生は」
「校医の先生の病院へ行くって」
「電話すれば良いのに」
そんな事などを話しながら二人で笑った。あまり笑わない、男子生徒に対しても命令口調で話すという先輩だが、柔道部の悪口を言っては良く笑う人だった。
この体育館での出来事から、かなり自由な存在になれた。少し心臓が悪いと言うことが、心臓病になり、心臓が悪くていつ死ぬか分からない、などと言うところまで尾ひれが付いたようだった。
国語の教師に誘われて文学部にも所属した。文学部は帰宅部と言われ、活動はほとんど何もしていなかった。体調が悪い時だけ文学部に来れば良いと、何とも自由な立場になれ、やっと高校生活が楽しく感じられてきた、と思われたのもつかの間だった。
ポニテとヒカガミ 孤舟 一 @mametoebi
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