第5話 実際に起こりそうで、実際に起こらないで欲しい話

 


 700メートル先を左に曲がる。

 赤色の車が左に曲がることなく真っ直ぐ突き進んでくれることを願っていたけれど、行き先が同じなのかそれとも後をつけてきているのか同じように左に曲がった赤い車が後に続く。

 次の信号を右に曲がると住宅街に入る。

 住宅街を少し進むとやがて自宅が見える。

 

 もしも、自宅前まで赤い車がついてきたらどうしようと不安な気持ちになる。

 敢えて次の信号は右に曲がらずに一旦自宅を通り過ぎる。


 行き先も決まらずに、家のすぐ近くにある薬屋の駐車場に車を進める。

 赤色の車がどうか単に行き先が同じで、このまま真っ直ぐ通りすぎてくれますようにと願いながら、ゆっくりと薬屋の駐車場に入ると背後を走る赤色の車はブレーキを踏むことなく早々に直進する。

 

 単に行き先が同じだったんだと安堵した。

 

 昨晩の出来事を思い起こして再び身震いをする。

 もしも、あのまま赤色の車が薬屋の駐車場に入ってきたら、自分はどうしていただろうか。

 

 朝食を食べ終えて、鞄を手に取り

「いってきます!」

 大きな声で妻に声をかける。

 

「いってらっしゃい」

 風邪を引いたのだろうか。

 妻の声が少し低い気がする。

 普段はひょっこりと柱の影から顔を覗かせながら、いってらっしゃいと明るい口調で声をかけてくれる妻が今日は全く顔を見せない。いってらっしゃいと呟かれた声は随分と淡々とした口調だった。


 玄関先に事前に準備していた鞄を手にとって靴を履く。

 ドアノブを回して扉を開き一歩外に足を踏み出したところで、ふとそれは視界に入り込む。


 いや、まさかなと思う気持ちと、もしかしたらと思う気持ちに苛まれて激しい恐怖心に襲われる。


 家の前に止まる車の色は赤色。

 中は無人のように思える。

 

 昨晩、後方を走っていた赤色の車が思い浮かぶ。

 車種は昨夜、後ろを走っていた車と同じ。

 薬屋の駐車場で確かに走り去る赤色の車を見た。

 だから、昨夜の赤色の車がこんな場所にあるはずがないと思いつつ、ゆっくりと車の前方に回り込んでナンバープレートを確認する。


 嫌な予感がする。

 自分の思い過ごしであればよいけど、恐る恐る車のナンバープレートを確認する。

 

 車のナンバーは42-19だった。


 運転手の姿が見当たらない。

 一体何処にいるのだろうか。

 そう言えば、なんだか家の中の様子がいつもとは違っていたような気がする。

 自分の思い過ごしであるならよいけれど。

 

 何だか胸騒ぎがして、Uターンする。

 今進んできた道を戻り、自宅の扉のドアノブに手を掛けた。

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帰り道のちょっとした怖い話 しなきしみ @shinakishimi

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