過労悪
天西 照実
かろうあく
あまり世の中に興味関心を持たないほうだ。
朝はギリギリまで寝ていたい。テレビをつける余裕などない。
出勤前は、ラジオをつける程度だ。
電車の遅延や天気予報を知るためだが、それも寝坊すれば聞かない。スマホでちょっと調べればわかる事だから。
仕事が終わって帰って来れば、バラエティ番組を見る気力も残っていない。
――これで笑えるとか。みんな人生を楽しめてるんだろうな。
なんて。悪態もつきたくなる。
子どもの頃から、あまりバラエティ番組に興味はなかった。
大人になれば余計だ。
その瞬間だけ笑えたとしても、番組が終われば睡眠時間を無駄にしてしまった……と、実感してしまう。
ニュース番組にも、ありのままの事実が発表されている訳ではないだろう。なんて、悪態をつく。
一般常識として知っておく必要がありそうな内容は目を通すものの、記憶には残らない。
仕事に必要な知識を頭に残すだけで精いっぱいだ。
私の記憶に残っているニュース。
それは『カフェイン中毒』についてだ。
コーヒーや栄養ドリンクはもちろん、エナジードリンクはカフェイン慣れしていない子どもが2本続けて飲むだけで中毒死したというニュースもあった。
『カフェイン』というワードがトレンドに上るほど大騒ぎした割に、その話題もすぐに消えていた。それでも、私の記憶には残っている。
栄養ドリンクの多量摂取で死亡した若者の、部屋を映した報道を覚えている。
いかにも、という映像を映していただろう。
ゴミ箱周りやテーブルにも、栄養ドリンクの空き瓶が並んでいた。
あれは衝撃だった。
そう。そういう映像は『いかにも』な状況を演出しているはずだ。
それでも、私の部屋より空き瓶の数が少なかった。
そういう意味で、衝撃だった。
別に、毎日大量摂取している訳ではない。
多くても、日に2、3本。
それでも溜まっていくのは、分別が面倒だからだ。
空き瓶はビンの袋。キャップは缶だ。別々に分類する必要がある。
おそらく、カフェイン中毒で亡くなった若者も、それが面倒で置きっぱなしにしていたのだろう。
栄養ドリンクを飲むのは仕事に必要だからだ。
睡眠が休息になるレベルの疲労ではなくなっている。
もちろん夜は寝ているが、朝になっても疲れが消えない。
寝る事って休息に分類されるんだったな……なんて、時々思い返す必要がある。
だがカフェイン中毒は過労死と認められないだろう。
仕事に必要なカフェイン摂取だったのだ! と、騒いでくれる家族はいない。
休日は栄養ドリンクではなくコーヒーを飲む。考えてみれば、それもカフェインだ。
カフェインの多量接種で死んだなどと報道された若者は、さぞ無念だっただろう。
好きで飲んでいたわけでも無かろうに。
栄養ドリンクが必要になった状況が、その若者を死に追いやったのだ。
『ブラック企業』『パワハラ社員』そんな言葉は使われなかった。
最近ではノンカフェインの栄養ドリンクも増えてきた。
これは朗報だ。
例えば、一日おきにノンカフェインの栄養ドリンクにするとか。
休日はカフェインレスのコーヒーにするとか。
過労死ならまだしも、カフェイン中毒で死んでたまるか。
いやいや。過労死の方が良いなどという考えも危険だ。わかっている。
それでも、安易に頼った末路などと思われては、この疲れに対する唯一の支えである栄養ドリンクを悪者にしてしまう。
悪者はカフェインではない。
カフェインが無ければ働けない。行動できない。
それだけ疲れさせている世の中こそが、真の恐怖の実態だ。
過労国民に寄り添ってくれるのは、会社や法律、政治などではない……。
ノンカフェインの栄養ドリンクを、通販でお得に購入できた。
「よし」
もう、今は何も考えず、この感覚に浸ることにする。
過労悪 天西 照実 @amanishi
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