僕らはこの世界のどこかで。

夕白颯汰

ここがどこなのか教えてほしい。


 薄暗い箱の中。


 母はピタリと動きを止め、すべての力を失って地面に倒れた。

 息はない。腹は動かず瞳に光はない。もう二度と起き上がりはしないだろう。

 

 もう――母は逝ってしまった。

 

 四肢を投げ出している。とても安らかとは言えない、苦しみに塗りつぶされた顔。

 それは、初めて目にする「死」だった。

 

 この閉じた部屋の中に、今日も仲間がやって来る。

 皆がその胸に恐怖を抱えて。

 そして彼らは消えていく。

 一つ、一つ、また一つ。彼も彼女も、あなたでさえも。

 機械の如く、灯火は消されていく。

 

 不意に、ガチャンと大きな音が響いた。


 ――あぁ、とうとう始まった。「時間」になったのだ。


 この悲劇に終わりはあるのだろうか?

 そんな問い、誰にも答えられはしない。


 この空間を知る者はいない。もう、誰にも止められない。

 バタリと隣の父も倒れた。弟はとうに息絶えている。

 視界が徐々に暗くなっていく。間もなく僕も死ぬのだろう。


 目が痛い。肺が痛い。足に力が入らない。

 力が抜けて、腹ばいになる。もはや抗うことはできない。

 呼吸が荒くなる。感覚が薄れていく。体が熱を失っていく。


 浮遊感。


 死ぬことに恐怖はなかったと言えば嘘になる。

 でも、願う気持ちのほうが大きかった。


 僕は。僕たちは、あまりにも無慈悲な世界を生きてきた。

 殴られ、蹴られ、見捨てられた。

 仕方がないのかもしれない。僕たちはそういうところに生まれたんだ。


 でも。


 また新たな生を授かるのなら、ご飯と寝床のある場所がいい。


 贅沢な願いじゃないと思うんだけどなぁ……。


 瞼を閉じる。僕は黒い濁流に身を任せる。意識が霞んでいく。


 神様……僕を見ているのなら、この願いを叶えてよ――。


 最期まで、ただそんなことを祈っていた。

 やがて、また一つ、命の灯火が消えた。

 その顔には悲哀だけが浮かんでいた。




 悲劇は続く。この部屋は「死」だけで満たされている。


「今日も……終わったのか」

「あぁ。もう、こんなことやめたいよ」

「でも俺達じゃあ、どうしようもないんだよな……」

「そんなものだ、世の中なんて。人間ひとりの力で革命なんて起こせやしないのさ」


 男はその言葉に言い返せない。

 もう一度、モニターを見る。

 そこには単調な白い壁の部屋が映っている。


 彼らはみな、目を閉じ、耳を倒し、舌を出し、横たわり、、そして、鋼鉄の檻の中で、一様にして死んでいた。


「なぁ……俺達は、人間は、お前たちのために何ができる?」


 答えが返ってくるはずもない。


 今日もあいつらはこの部屋にやって来る。




 今日も犬たちは消えていく――。

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僕らはこの世界のどこかで。 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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