隠し味は恋心


 二月十四日バレンタインデーの夕方、男女の幼なじみが二人で下校している。

 その二人の会話はたどたどしく、何かソワソワしている様子だ。


「な、なぁ瑠奈るな……」


「な、なによ悠真ゆうま……」


「い、いやぁ……きょ、今日ってさ、な、なんかあったような気がしてぇ……」


「そ、そうだったっけ?わ、私なにもワカラナイ」


 バレンタインチョコの話をなんとか遠回しに引き出そうと試みる悠真と、視線を外しながら棒読みでバレンタインデーのことを知らないフリをする瑠奈。


 悠真は瑠奈のこれを脈無しだと勘違いし、捨て台詞を吐きながら猛ダッシュした。

 

「うわああああ!!瑠奈のバカアアアアア!!!」


 自分のことをバカだと叫びながら猛ダッシュする意中の相手悠真を、口をポカーンと開けて呆然としながら見送ったかと思えば、数秒後我に返り悠真に対して怒りを顕にした。


「なにがバカよ!悠真のバーーカ!!もう絶対に上げないんだからぁぁぁぁぁ!!」


 瑠奈の叫びは夕暮れの静けさに溶けて消えたが、瑠奈の目からは涙が溢れ出てきた。


「もう!なにやってるの私!!こんなんだから、いつまで経っても好きだって言えないんじゃない!もういやっ……バカな私も、私の思いに気づかない悠真も大っ嫌いよ……こんなの!!要ら……な、い……」


 泣きながら地面に塞ぎ込む瑠奈の悲しみはやがて怒りとなって噴き上がり、ポケットの中に隠していた袋を投げ捨てようと右手を振り上げるも、捨てきれない感情がその手で捨てさせてはくれなかった。

 悠真に対する消えることの愛情も、自分の身を蝕んでいる自分への怒りや悲しみも……何一つ捨てきれず。

 袋を片手に嗚咽を漏らしていると、前の方から誰かが走ってくる音が聞こえ、気づくと暖かな温もりに包まれていた。


「ごめんっ!瑠奈……」


「ゆ、うま……?」


 抱きついてきていたのは悠真で、その当の本人は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに濡らしている。

 

「チョコを貰えなくて意地けるような、女々しい男でゴメン……好きな娘を泣かせちゃう様なバカでゴメン……でもっ!こんな僕を愛してくれて、ありがとう……」


 うぅ……うぅ……と咽び泣きながら、悠真は瑠奈の制服を力強く、ギュッと握った。

 そこからは絶対離さないという意思を感じ、瑠奈の胸はキューッと引き締められる様な喜びに満ち満ちる。

 

「んーん、悠真は優しくてカッコイイよ……。私の方こそ恥ずかしくなって素直になれない様な、意気地無しな女でゴメンね……」


「そんな所も好きだよ……」


「へへ、ありがとう……私たち、似た者同士だねっ!」


「……うん、似た者同士!ねぇ……そのチョコさ、貰っても、いい、かな?」


「うんっ!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら目尻を下げ、瑠奈が悠真にはにかみ笑う。

 その姿は悠真にとって、今までの人生の中で一番の笑顔だった。

 瑠奈からチョコの入ってる袋を受け取ると、悠真は袋からチョコを取り出す。

 そのチョコはボロボロで、元の形が何かは分からなかったけれど……奥の方に、一つのキャンディーを見つけた。

 そのキャンディーが気になった悠真がそれを口に入れると……ボロボロになって付着したチョコの味ともう一つ、ほのかなリンゴの味がじんわりと広がる。

 キャンディーをゆっくり味わい終えると、今までに無い感情が込み上げてきて、もう出し切ったかと思える涙は、その感情と同じくらい溢れ出てきた。


「とっても、美味しいよ……ありがとう」


 二人の思いと涙はリンゴ味のキャンディーと共に消化され、甘く、ほろ苦い……二人のバレンタインは、神が祝福をしているのか、夕陽の暖かな光に包まれて終えた。

 

 何でもない二人の、何でもない日常のワンシーン。

 しかし当の二人にとっては人生の中で一番の思い出となり、たまに振り返っては「あんなことあったよね!」と懐かしむのだ。

 そしてまた、二人の……いや、三人の思い出が紡がれて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

告白数分前!! 初心なグミ @TasogaretaGumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ