第23話

 一夜の出来事ではあったが、直ぐにこのことが市民に公開されることはなく。

 数日経過した後に関係各所と連携し、街を運営する代わりの官僚が到着してから正式に発表された。


 準備をした上での公表だったため、大きな問題は発生しなかった。

 実行犯でもあった連中、アリアナを含めて全員が見事に逮捕された。その発表に嘘偽りはなかったが翌日には全員が毒による暗殺なのか自殺なのか不明だが、死亡が確認された。


 脅された、唆された使用人とロデリックだったが、数人の使用人以外、死刑になる運びとなった。

 公開での処刑とはならなかったが、迅速に措置をされた。問題に蓋をするように事件は解決されることになった。


 そして誘拐され、今回はギリギリのとこでエリによって助けられた子供達はそれぞれ孤児院へ向かい入れられたが、一人問題となっている少女がいた。

 クラリス・サイラス。親の罪は子に連座するものではない、この共和国では当たり前のことであるが、実情は必ずしもそうではない。

 まともな職にもつけず、ホームレスになるものや、自殺する者なども多く存在する。

 複雑な問題としては、戸籍を持っている人間は簡単に名前を変えることはできない。

 姓を取得するのであれば多額の金額を支払えば、得ることができるステータスではあるが、それを消すのは逆に行うことができず。名前の変更も同様だ。

 

 今回の事件は大々的に公表され、国中に首長の蛮行が知れ渡っている。

 残された選択肢は国外に出て名前を捨てる案になってくる。

 如何にミリアがこの国で有名な賢者であっても、全ての悪意からクラリスを守るのは難しい。


「あの子の意志は変わらないのか?」

「国外に出るところまで援助いただければ、あとはなんとかすると言ってますけどねぇ。八歳の子供が後ろ盾もなしに生活するのは難しいと思いますよぉー」


 数日間、グレイ家から出ることはなかったが、クラリスは使用人の真似事として、恩人への恩返しのためにエリの世話をしながら生活をしていたが本人の意志は固く、国外へ出ることを希望していた。

 そんな頑なクラリスに対して、エリは膨れ顔で考えるようにライアンを枕にしながら空を見上げる。


『イライラしているのう』

「……もっとイライラしそう」

『小娘のとこの保護下にいると明言すればある程度は問題はないだろうが、お嬢ちゃんが嫌がる提案だろうな。いっそ外堀を埋めるか?』

「……悪くない」

『存外、気に入ってるようだな』

「……あのアップルパイは惜しい」


 エリは大賢者とニヒヒと怪しく笑い合うと、直ぐに手紙を認めて、リリーに配送を依頼し、戦闘をするための用意を進める。



 ルナとジェシーは昼休みに学長の部屋に呼び出されると、賢者の娘であるエリからのお茶会への誘いがあったことを伝えられる。


「突然なんだが、本日の放課後だ。問題はないね?」


 手紙を見せられたルナは苦笑いをする。

 この誘いを受けてくれるのであれば、この学校での講演などを優先的に実施してくれるなどのことが、遠回しに書かれていた。学長としては断るわけないよね? という圧をニコニコと満面の笑みで前面に出してくる。

 ルナもまた小さいながら魔道具屋の娘ではあるので、関連各所との友好的な関係は重要である。


「やったー! またエリ様とお茶だ!」


 能天気なジェシーを伴って、お茶会の会場となる場所に向かう。

 今回は街の中心地にある、高級な人気のカフェが指定されている。


(人混みが嫌いそうだったエリ様がこんなに人が多い通りのカフェをなんで指定したのかな)


 ルナは考え込みながら、少し早めに下校を許されたので真っ直ぐにカフェに向かう。

 案内された席はこれまた通りに面した、テラス席。

 高級なお店に場違いな制服を着た少女が二人座らせることになる。事前にいくら食べてもよいと話が通ってるようで、ジェシーは大量のケーキを先に食べ始める。


「ルナは食べないの?」

「食欲が出ません。なんだか裏があるような気がして」

「うらー? あはは! うまーい!」


 通りが騒がしくなる。ロバに乗ったドレス姿の美しく着飾った少女とそれに付き従うメイドが注目を集めている。


「なんがか騒がしいねー! 誰? エリ様?」


 エリを知っている人間であれば、誰? というのも納得の姿をしている。

 どこに出しても恥ずかしくないような令嬢の姿があった。

 リリーに手を貸してもらいながら、優雅にロバを降りると、にこやかに笑ってルナ達の元へとやってくる。


「ご機嫌よう」


 うふふ、と可愛らしい少女が挨拶してくる。


「エリ様! 今日は雰囲気違う! でも可愛いのは変わらないね!」

「お世辞でも嬉しいですわ、ジェシーさん」


 これから、ルナの嫌な予感が的中する。

 和やかに始まったお茶会ではあるが、通りで待機するロバにはデカデカとした賢者の家の紋章にリリー、小さな刺繍ではなく、正装用のマントを羽織っている。そして賢者の娘ですよ言わんばかりの、美しい御令嬢。

 ヒソヒソと話しながら、足を止めるものや、側には聞き耳を立てる女性が空いたテラス席を陣取っている。


「ルナさんもお久しぶりです。またお会いできて嬉しいですわ」

「あ、はい。私も嬉しいです」

「私もー! 抱きしめていい?」

「あら、ちょっとだけですよ」


 ニコニコ笑いながら、エリとジェシーはハグをする。


(ジェシー、やめてぇええええ! あの笑顔が怖すぎる!)


 周りが仲良さそうな少女達のやり取りに色めき立つが、ルナは顔が少し青くなっていく。

 たわいも無い話から始まる。最近はどうのとか、学校はどうののような話だ。


「学校って言えばさ! クラリスはエリ様のとこにいるんだよね! 元気ぃ??」

「ジェシー、今はその話題は−−」

「−−あら、いいんですよ。ルナさん」


 割って入ってきた、エリの作り物のようだった完璧な笑顔が少し歪み口角が上がる。

 その笑顔から話題を続けるようにという圧が放たれている。


「学校ではさ、クラリスの話はダメだって、大人達もさ、なんだかんだ言うけど。あの子は関係ないじゃんって、そう言うと怒られちゃうんだけどね」

「そうですねよね。親の罪が子に及ぶことはありませんのに実情は違います。私も『親友』であるクラリスが云われない迫害を受けるのは本意ではないんです」


 ルナとエリの視線が交差する。見つめ合う二人に対して、ジェシーは少し頭を傾げるだけだった。

 そこからは、エリの身振り手振りの演劇のような演説が始まる。

 今回の事件の内容がかなり脚色され、ロデリックについても悲劇のヒーローのような扱いとなり、クラリスについてはもちろん主役級のヒロインの扱いである。


 そんな演劇をしているうちに盗み聞きといったレベルではなく、周りの御令嬢達もエリに見入ってしまう。


「クラリス可愛そう……うぅぅ」


 ジェシーに至っては号泣し始めてしまったが、泣いているのはジェシーだけではない、周りの見ている連中も泣いているものが多くいる。


「ルナさん、とても悲しい出来事だと思われませんか?」

「はい。これは学校でも皆んなに話さないといけないと思います! だよね、ジェシー!」

「でも怒られるんじゃないかなー。クラリスのこと話題にするなって」

「そんなことないよ! エリ様から聞いたことをできるだけ話さないと!」

「そんな、私はただ悲しいって話をしただけですから、無理に話す必要はないんですよ」


 うふふと、お茶を飲みながら優雅に発言をするが、正面に位置するルナに対しては、「上手くやれよ?」と目が如実に語ってくる。

 

 翌日にはルナはあの手この手を使って、クラリスが既に賢者様の庇護下にいることを、理解ある優秀な人間に話、エリが自分に伝えようとしたことを周知するように依頼を始めた。

 ジェシーについては詳しい意図を伝えることはなく、言わなくても、商店街の大人や友人にこの事を身振り手振り、涙を流しながら伝え、学校でも同じような話をし続けた。

 その話は派生して、エリがクラリスを助けた話を衛兵が箝口令を破って伝わったことも混ざり、親友である囚われのお姫様であるクラリスを助ける、賢者の娘の演劇が作成されるまでに発展することになった。


 理由は不明だが、箝口令を破った衛兵は処罰されることはなかったらしい。

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怠惰な魔女と賢者の約束 コンビニ @CSV1147

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