第22話

「邪魔になるから下がっときな」

「流石に賢者様だけに行かせるわけには!」


 おじさんこと、衛兵長と数人がミリアの後ろをついて来るが、いい大人が妙齢の女性の後を情けなくついて行く姿は実にシュールではある。

 屋敷の正面から堂々と進んでいくと、門を抜けて邸宅前の玄関を抜けて吹き抜けの上部から数人の男とロデリックの後妻でもあるアリアナがミリアを見下ろす。おじさん達は室内には入らず隠れるようにして玄関から覗き込んでいる。


「ご機嫌よう賢者様。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 既に勝利を確信しているのか、上機嫌にアリアナが声をかけてくるが、それを冷徹な目でミリアは見据える。


「好き勝手やってくれたようだね。私ももう少し街のことに興味を持てばよかっと後悔しているよ。だからせめてもの情けとして、引導を渡してやろう」

「これは賢者様、随分な自信ですね!」


 割って入ってきたのは、三人のローブを羽織った魔法使いらしき男。

 階段を使うことなく、吹き抜けから飛び降りると暴風が巻き起こり見事な着地を果たす。


「貴女の頭脳は捨てがたい。生かしては上げましょう。残念ですよあと四十若かければと」

「なんだい、まだまだいけるだろう? 私もさ」

「俺は全然、いけるぜ」


 一人の男にミリアも含めて全員の視線が集まる。マジで?


「まぁ、あれだ。気を取りなして降伏をしたらどうだ魔道士を三人相手に勝てると思っているのか?」

「おや、あんたら魔道士だったのかい?」


 驚きの表情を見せた後に、ミリアは大きな高笑いをする。

 恐怖から壊れたわけでもない。本気で笑っているのだ。


「何がおかしい! 我々は貴様らのように無能者のために軟弱な研究などしていない。魔道の真髄を理解するために研鑽を積んでいるのだ」

「すまないねぇ。魔道士ってのは免許制でも受賞されるものでもないし、名乗るのは自由だからね。私ら戦争を知っている人間の魔道士の基準はまた別なんだ。悪く思わないでくれ」

「我々の実力を見て後悔するがいい!」


 三人の魔道士? はそれぞれに雷、炎、氷の魔法を展開し、ミリアに向かって放つ。

 魔法攻撃に対しての防御というのは簡単ではない。それぞれの魔法に対して干渉し、その場で術式を組み立てなければないため、如何にして先に魔法を展開するのかというスピードが非常に重要である。

 それが更に一つではなく三つの魔法が飛んでくるということは、それぞれに脳内のリソースを吐いて防御しなければならない。


 三人の男が放った魔法は決してレベルが低い内容ではなかった。いわゆる普通の魔法使いであれば間違いなく、死なないにしても体の部位をいくつか失っているレベルの攻撃だった。


「馬鹿な……」


 距離としても魔法戦で考えれば適正な距離ではなく、近いくらいだ。近いということはそれだけ魔法を防御する時間が少ない。

 ただミリアは一歩も動くことなく、優雅に腕を一振りするだけで、三つの魔法を防御するどころか干渉し、消してみせた。


「雑だね。そもそも最初に飛び降りてきた時点でお前らのレベルなんて大したことないことがわかったよ。家にいる八歳の天才児であれば、あんなデカい風ではなく、微風くらいの制御で美しい着地をするよ」

「我々が八歳の子供に劣っているというのかぁあああ!」


 怒りに任せて、何度か魔法を放ってはみるがどれもミリアに届くことはない。


「これが静寂の魔術師だってのか」

「魔法をいとも簡単に消してしまうからだってのか! 防御専門なら、攻撃を続ければいいだけのことだ!」

「手を止めるな!」

「お前らは度し難いね」


 建物を壊す勢いの魔法を添加しようとする、男達をミリアが制圧する。

 それぞれに悲鳴を上げながら、抗ってはいたが重力魔法で地面に貼り付けられてしまい、最終的にはうめき声も上げることができなくなってしまう。


「いつまでも攻撃を待ってると思ってるのか?」


 アリアナも逃げようとしたが、簡単にミリアの魔術に捕まり動けなくなる。


「これ賢者様の得意とする重力魔法……彼女の前では全てが静寂に包まれる」

「変なことを言ってないで、さっさと捕縛しな」


 通常、常識、普通であれば、重力魔法は大規模な魔術で制御が非常に難しい。

 一般的な活用方法は大型の汽車や大規模な馬車に対して重力を絶妙に軽減させるなどの使用になってくる。小型が難しいのである。

 ミリアはそんな大規模魔法を完璧な制御を行って、それぞれの人間に対してピンポイントに展開をしてみせた。


 アリアナは近寄ってきた、ミリアに対して畏怖を込めた瞳で見上げる。

 魔法は解除されたが、体が軋み、まだ自由に動くことは叶わない。


「そんな目で見るんじゃないよ。そもそも相手の力量も調べずによくもこんな杜撰な計画を立てたね。まぁその杜撰な連中に数年規模に渡って子供誘拐などを実行されたわけで、私が舐められるのも仕方ないか。戦争が終わってせっかく平和になってるって言うのに、馬鹿な連中だよ」


 衛兵長達に捕縛を任せた後、ミリアは更に屋敷の奥に入っていく。

 どこまで関与していたのかはわからないが、執事らしき老紳士が途中、先導し無言のまま部屋まで案内をしてくれる。

 部屋の中では一人の男がうめき声をあげていた。


「薬、アリアナ。薬をくれ」


 ロデリック・サイラスが誰もいないところに手を伸ばして、ブツブツと呟いている。


「賢者様とお会いした時は、薬が効いていたんです。薬がない状況だとこのような有様です」

「そうかい。お前は知ってて止めなかったのか?」


 執事は腕を捲って見せる。そこには複数の注射の跡が残っていた。


「私は今、薬が効いています。嵌められた者もいれば自分から進んで薬に手を出した者もいます。この家に正常な人間なんておりませんよ」

「あの子は大丈夫なのか?」

「失礼。クラリスお嬢さんというまともな人間がいるのを忘れておりました。とある方に献上される予定だったので、薬を含めて傷物にはなってませんよ。ただ既に出荷済みですがね」

「そうか」


 ミリアは短く返答だけして、その場を後にする。

 老紳士も自分のしたことの罪を受け入れるためなのか、動く元気がないだけなのか、逃げる様子もなくそこに佇んでいた。


「あの子が動いたんだろうから。クラリスも大丈夫だろうさ」



 


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