第21話

 窓から夜空に赤く美しい大輪の花火が見えた。

 朝方に行動を開始するために待機していたミリアが近くにあった緊急用のベルを鳴らし、仮眠をとっていた者、談笑していた者、花火を眺めている者達の意識を自分に向けさせる。


「行動を開始する」


 短く発言をすると、そそくさと外に出て行ってしまう。

 それに追従するようにして、大佐が早足で歩くミリアに声をかける。


「あれは何かの合図ですか?」

「ええ、エリに問題があった時の合図」

「であれば、お嬢さんに護衛を回した方がよいのでは?」

「あの子であれば問題ない。それよりも屋敷に動きはなかったの」

「馬車が一台出たとのことですが、怪しいところはなく、ただの出入りの商人であることは確認ができました」


 ミリアは小さく舌打ちをする。


「それに問題があったのね。確認した衛兵にはしっかりと指導をした方がいいだろうね。ヘレナ」

「はーい、ご主人様」

「あんたは裏門で大佐と行動をしな、私は正面からお邪魔するよ」

「ミリア殿、衛兵を何人か同行させてもよろしいでしょうか」

「構わないけど、あまり近づかないように指示をしておきな」


 

 屋敷からこれ以上、人を出さないように周りを取り囲み、大佐の部隊とヘレナは裏門からの屋敷への突入を開始する。

 裏門に到着すると十人の全身鎧を纏った騎士が姿を表す。


「こんな夜更けに何用ですかな?」


 リーダー格であろう騎士が前に出て質問を投げかけてくる。

 大佐が一歩前に出て、警告、投降を促すが、十人の騎士全員が高笑いを始めて異様な雰囲気に包まれる。


「貴殿達はこの人数に相手に勝てると思っているのか? 仕方ない、数人は生捕りにしろ。帝国との関係を洗いざらい話してもらうぞ」


 街の衛兵ではない、大佐の部隊に所属していた兵士二十名が最低でも二対一の格好を作り制圧に取り掛かる。

 精鋭と言えば大袈裟になるが、正規の兵士であり、実力としても平均以上の能力を持っているメンバーではだったが、一分経過しても、二分経過しても好転することはなく、二名ほどは既に怪我を負って退避し始めている。


「思った以上にやりおるな」


 大佐自ら戦場に入っていくと、リーダー格の男が割って入ってくる。

 大きな実力差はなかった。ただ時間が経過するごとに見方が減っていき、このままでは大佐のみが取り残されてしまうのは時間の問題だった。


 兵士の離脱を手伝いながら、簡単な治療を施していたヘレナだったが、タイミングを見計らって煙玉を投げる。

 事前に打合せていたのか、兵士達がの撤退は早かった。そして騎士もこういった状況には慣れているのか、互いに背中を守り合うようにして密集する。


 煙が晴れた頃には互いに体制を立て直していた。


「煙に乗じて襲ってくるかと思えば、立て直すだけとは何を考えている? さぁ、もっと兵隊を集めて襲ってこい」


 二十名いた兵士も戦えるのは十名まで減ってしまい、騎士連中は怪我した人間もおらず、十分に余力を残している様子ではある。

 兵士側に死亡者が出ていないのは最低限の技量があったという証明ではあるが、複数人でも倒せないということは実力差が大きくあるということだ。


「大佐さん、私も複数人の相手は無理ですが、少しずつ減らしていきますから十名で時間稼ぎをしていただけますかぁ?」

「ヘレナ殿……申し訳ありません。全力で当たります」

「ヘレナ・ウォードか。元賢者で捕縛者リストに入っているから殺しはしない。ただ足や腕の一本は覚悟してもらおうか」

「あら、怖い騎士様ですことぉ」


 

 ヘレナ・ウォードこの街での生まれではなく、十二歳の時に高等教育を飛び級で卒業し、ミリア・グレイの師匠であった賢者に弟子入りをした。ただ姉弟子であったミリアの才能を目の当たりにして、研究者として第一線を退くことになったが、彼女もまた一度は賢者栄誉を賜ったことがある。


 元賢者。高明な賞を受賞した者にそんな言葉を使うだろうか。元○○賞受賞者。

 賢者として一度でも認めらたものは賢者なのである。ただ近年ではミリアという連続で賢者位を受賞するという異常者が現れたことで、真の賢者であれば何度も賞を取って当然という印象が世間に定着してしまった。


「賢者など所詮は研究者。遠距離ならまだしも、騎士との戦闘で役に立つものか」


 戦士は近距離、後衛は魔法使い。世界の常識である。

 ただそんな常識は勝手に決めつけられたものだ。

 それを知っている大佐は口角を上げた。


 兵士達が突入すると同時にヘレナもそれに混ざりながら優雅がに散歩をする。

 まずは一人、切り掛かってきた騎士の懐に自分から入り込むこ、掌底を当てる。相手はくの字に曲がり頭がちょうど良い位置にきたことを確認し、優しく頭を叩く。


「まずは一人ですねぇー」


 危険を察知した騎士達が、一人ではなく二人で襲い掛かるが、剣は空を切り当たる気配はない。

 ヘレナは好きを突いて、地面を力強く踏み抜くと拳を鎧に当てる。

 妙齢の女性のどこにそんな力があるのか騎士は大きく吹き飛び、壁に当たると糸が切れた人形のようにへたり込んでしまう。


 ヘレナの参加で徐々に騎士も減っていき、兵士は減ることがなく三対一で取り囲めるくらいの余裕ができ始める。

 リーダー格は大佐が足止めしていたが、最後の騎士の寝かせ付けが完了すると、ヘレナが前に優雅に近寄ってくる。


「馬鹿な! 貴様は、魔法を治療に活用する研究者で、たかだか痛みを和らげるマッサージ師ではないか!」

「ガハハ! 噂を鵜呑みにヘレナ殿をまともに調査しないとは、やはり貴様らの作戦は杜撰だな。そう考えればやはりただの嫌がらせか。別に狙いがあるのか」

「大佐さん、今は余計なことを考えてないで、早くご主人様と合流しましょう」

「舐めるな! 生捕りはなしだ! 私の本気を見せてやる! クソババアにクソジジイめ!」

「あらあら、口がお悪いですよー」


 騎士が中段に剣を構える。狙いとしては大佐ではなく、完全にヘレナを剣先で捉える。

 それに答えるようにして、ヘレナが正面に立つがその姿は手を後ろで組み、舐めた態度と捉えられてもおかしくはない。


「舐めやがって! 後悔させてやる!」


 マッサージ師と揶揄されたヘレナの開発したのは魔法を使用しての治療方法の確立。

 傷を塞げるという神秘的なものではないが、腰痛や打撲などには大きな効果を発揮する。あながちマッサージという言葉は表面上間違ってはいないが、治療法を確立できたことで、より効率的に相手を魔法で破壊する方法も熟知することができた。


 騎士は怒りから、剣戟に力が入ってしまう。渾身の一撃しか頭になく、そんな単調な攻撃は簡単に回避されてしまい、結果は分かりきったことになった。


「戦争を経験してない若造ってのは、増長が酷く困ったもんですな」

「まぁまぁ、戦争なんてないに越したことはないですよー」


 



 

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