第25話 美食の陰謀

「Mon Dieu! ユウヤ、そのトリュフの切り方は何なの?もっと薄く、繊細に!」


 クロエの声が厨房に響き渡る。俺は慌てて包丁の動きを修正した。普段のクロエからは想像もつかないほど厳しい口調に、思わず背筋が伸びる。


 俺たちは今、世界的に有名な料理コンテスト『グランド・グルメ・バトル』に潜入中だ。情報によると、このコンテストを利用してシャドウ・ネクサスが何かを企んでいるらしい。俺たちの任務は、コンテストに参加しながら、その陰謀を暴くことだ。


「はいはい、わかったよ」と答えながら、俺は周囲を警戒した。華やかな料理の祭典の裏で、どんな危険が潜んでいるのか想像もつかない。


 クロエは完璧主義者だ。普段の明るく陽気な彼女からは想像できないほどの厳しさで、俺にも料理の指導をしてくれている。それもこの任務のためだ。俺たちは料理人と助手という設定で潜入しているのだから。


「ユウヤ、次はソースよ。レモングラスとバジルを細かく刻んで」


 クロエの指示に従いながら、俺は彼女の動きを観察した。まるでダンスのように優雅で、同時に正確な動き。その手にかかれば、どんな食材も芸術作品に変わっていく。


「クロエ、やっぱりすごいな」と思わず呟いた。


 彼女は一瞬動きを止め、くすっと笑った。


「まあね。でも、ユウヤの上達も目覚ましいわよ。最初は包丁も満足に持てなかったのに」


 その言葉に、俺は少し照れくさくなった。確かに、この任務のために猛特訓を受けた。クォンタム・ギアの操縦とは全く異なる技術だったが、不思議と楽しかった。


「よし、予選の料理はこれでOKね」とクロエが満足げに言った。


「次は会場の下見よ」


 俺たちは厨房を出て、広大なコンテスト会場を歩き始めた。世界中から集まった料理人たちが、それぞれの腕を競い合っている。その熱気に圧倒されそうになりながら、俺たちは慎重に周囲を観察した。


「ねえ、ユウヤ」とクロエが小声で言った。


「あそこの審査員、なんか変じゃない?」


 俺が目を向けると、確かに一人の審査員の様子がおかしかった。やたらと周囲を警戒し、何かを探しているような素振りだ。


「うん、確かに怪しいな。あとでもっと詳しく調べてみよう」


 その時、アナウンスが流れ、予選の結果が発表された。


「フランス代表、クロエ・ヴィアール選手の作品が見事予選を通過しました!」


 クロエは嬉しそうに小さくガッツポーズをした。


「やったわ!これで決勝に進めるわ」


 俺も思わず笑みがこぼれた。


「さすがだな、クロエ」


 しかし、その喜びも束の間、突然会場が騒がしくなった。


「大変です!食中毒の疑いがある料理が提供されたようです!」


 俺とクロエは顔を見合わせた。これを偶然とは思えない。


「調べてみましょう」とクロエが真剣な表情で言った。


 俺たちは慎重に現場に近づいた。食中毒の症状を訴えている参加者たちが救護室に運ばれていく。その中に、さっき俺たちが怪しいと思った審査員の姿があった。


「あれ、あの審査員も……」


 クロエが俺の腕を掴んだ。


「ユウヤ、あれ見て。あの審査員、本当に具合が悪そうには見えないわ」


 確かに、他の被害者たちと比べると、その審査員の様子は明らかに演技っぽかった。


「もしかして……わざと食中毒を装っているのかもしれない」と俺は推測した。


 クロエが頷いた。


「そうよね。でも、なぜ?」


 その瞬間、俺の頭に閃きが走った。


「もしかして、この混乱に紛れて何かを……」


 二人は即座に行動を開始した。クロエは他の参加者たちに紛れて情報収集を、俺は怪しい審査員の後をつけることにした。


 俺は慎重に審査員の後を追った。彼は混乱に乗じて、誰もいない調理場に忍び込んだ。俺も後に続く。


 すると、その審査員が調理台の下から小さな装置を取り出すのが見えた。それは明らかに料理とは関係のないものだった。


「やはり……」


 俺は静かに近づいた。審査員の背後まで数メートルの距離まで迫る。その瞬間、俺は小声で呟いた。


「展開」


 一瞬のうちに、俺の体を金属の装甲が覆う。身長が伸び、パワードスーツであるQ-アルマの展開が完了する。その音に気づいた審査員が振り向く前に、俺は一気に距離を詰めた。


「動くな!」


 審査員は驚愕の表情を浮かべたが、もう遅い。Q-アルマによって強化された腕で、俺は瞬時に審査員を拘束した。


「何をする!放せ!」


 審査員は抵抗したが、Q-アルマの力の前では無駄だった。


 その時、クロエが駆けつけてきた。


「ユウヤ、大丈夫?」


「ああ、なんとか。この男、怪しい装置を持っていた」


 クロエは審査員から装置を取り上げ、慎重に観察した。


「これは……データ抽出装置ね。恐らく、参加者や審査員のデータを盗み出すつもりだったのよ」


「なるほど、料理コンテストを利用して、各国の要人の情報を集めようとしていたのか」


 拘束された審査員は観念したように肩を落とした。


 俺とクロエは、拘束した審査員を縄でぐるぐる巻きにした上で、警備員を呼んだ。


「不審な人物を確保しました。この男、テロの疑いがあります」


 警備員は驚いていたが、事情を説明してデータ抽出機を渡したところ、ようやく納得してくれた。状況を説明したが、俺たちがQH学園の生徒だということは内緒にした。


 混乱が収まり、コンテストは再開された。クロエは見事に決勝まで進み、最終的に3位に入賞した。


 表彰式が終わり、ホテルに戻った俺たちは、ようやく緊張の糸を解いた。


「お疲れ、クロエ。さすがだったな」


 クロエは嬉しそうに笑った。


「ありがとう、ユウヤ。でも、この任務、本当に楽しかったわ。料理で戦うなんて、夢のよう」


「そうだな。でも、次もこうとは限らない」


 クロエは真剣な表情になり、頷いた。


「そうね。シャドウ・ネクサスの企みは、まだ始まったばかり。私たち、もっと強くならないと」


 俺は窓の外を見た。夜景が美しい。


「ああ、でも今日の経験は、きっと俺たちを強くしてくれたはずだ」


 クロエが俺の隣に立ち、一緒に夜景を眺めた。


「そうね。料理もQ-アルマも、結局は心が大切なのよ」


 俺は静かに頷いた。確かに、今回の任務で俺たちは多くのことを学んだ。料理の技術だけでなく、協力することの大切さ、そして何より、普段とは違う環境で自分の力を試すことの意味を。


「さあ、明日は帰国ね」とクロエが言った。


「その前に、パリの夜を楽しまない?」


 俺は笑顔で答えた。


「いいね。あ、そうだ。日本に戻ったら今度は俺がメインで料理を作るよ。クロエに鍛えられた腕を見せてやる」


 クロエは目を丸くした。


「えっ、本当?楽しみだわ!」


 そうして俺たちは、任務の緊張から解放され、パリの夜を楽しむことにした。明日からはまた、クォンタム・ギアの操縦士として、世界の平和を守る戦いが待っている。でも今は、この瞬間を大切にしたい。


 料理とスパイ活動。一見無関係に思えるこの二つの経験が、俺たちをどう成長させるのか。それを考えながら、俺はクロエと共にホテルを後にした。


 パリの夜は、まだ始まったばかりだった。

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クォンタム・アルマ<Quantum Arma> カユウ @kayuu

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