称号

楠 夏目

新入り


「新入りが入った、優しくしてやれ」


パピーに笑顔でそう告げられた時、僕は思わず目を剥いた。まじか、と思った。


「なっ……名前はなんて言うの?」


僕は目を瞬かせると、パピーの膝に両手を乗せて尋ねた。濃い髭の生えたパピーの口元と目が合う。一刻も早く名前を聞き出そうと必死になる僕を見て、パピーはどっと大声を出して破顔した。


「会ってみりゃ分かる。とりあえず、新入りの待つ部屋に行くぞ」


パピーは僕の頭をわしゃわしゃと撫でると、新入りがいる場所まで案内してくれた。


* * *


よく分からない長い廊下をずんずんと突き進んだのち、怪しげな一室に辿り着く。


「ここだ。この部屋に新入りがいる」


パピーはそう言って腕組みをすると、僕の顔をじーっと見てきた。

今日は今まで新入りだった僕が、先輩となる大事な日だ。きっとパピーは、僕がどんな反応をするのか観察するつもりなのだろう。だが僕はもう子供じゃない。そんな簡単に反応してたまるか。


「よし。入ろう」


僕はぎゅっと拳を握りしめ、高ぶる気持ち上手に隠すと、あくまで平然とドアノブに手をかけた。新入りの前で先輩が浮かれる訳には行かない。ここは慎重に、冷静にしていよう。


パピーに誘導されるがまま部屋に入ってすぐ、巨大なベッドが僕の視界を埋めた。辺りを見渡す。お世辞にも身長が高いとは言えない僕の身体は、新入りの姿を見つけ出せずにいた。その時だった。


「さァて、初のご対面と行くか」


パピーは僕の身体をがっちり掴むと、突然、許可なく抱っこをし始めた。

新入りの前でさすがに恥ずかしい、と僕は抵抗するのだが、パピーは決して手を離そうとしない。むしろ楽しげに笑う声さえ聞こえて来るので、僕は少しだけ怒りたくなった。


「おかえりなさい」


パピーに抱っこされて宙ぶらりん状態になっている僕の元へ、優しい声が響く。

咄嗟に顔を上げると、にっこりと微笑むマミーの姿と目が合った。久しぶりに会えたのが嬉しくて、僕は何だか急に目の周りが熱くなっていく気がした。


そしてマミーの腕の中にはもうひとり──そこには、僕が来たことも知らずにすやすやと眠る、新入りの姿があった。


僕はそいつをじぃっと見つめる。

丸い瞳でじぃっと見つめる。


きっと緊張しているのだろう、新入りの顔はトマトのように赤かった。猿のように赤かった。

身体だって、僕の何倍も小さい。口も手も鼻も小さいし、髪の毛だってあまり生えていない。


パピーとマミーと僕。これまで三人だけで過ごして来た生活の中に、今日、ひとりの新入りが加わる。見るからに小さくて弱々しくて、頼りない新入りだが──僕はなんだか、心が温かくなっていく気がした。


小さいからなんだ。

弱々しいからなんだ。

頼りないからなんだ。


目の前で眠る新入りが可愛くってしょうがない。僕は人差し指をそっと新入りに近付けると、勢いのまま、そいつのほっぺにつん、と触れてみることにした。



やわらかい。



新入りの頬はもちもちしていた。今まで触れてきた、どの感触よりも柔らかい。驚きのあまり「おお……」と声を漏らす僕を、パピーとマミーは嬉しそうに見守っていた。


新入りが来たことで、僕は新しい称号を手に入れた。その称号はとても素晴らしいものであり、受け取ると同時に、新入りを守るという役目が加わる。


「これから四人で、ゆっくり進んでこう」


パピーが、僕とマミーと──そして新入りを抱きしめる。

突然の出来事に抵抗する術を失った僕は、されるがままに抱きしめられた。パピーもマミーも新入りも、優しくって温かかった。


すると突然、新入りの頬をつんつんしていた人差し指に、何やら柔らかい感触が触れた。いつの間に起きたのだろう。視線を落とすと、小さな掌で僕の人差し指をぎゅっと握る新入りと目が合った。よだれを垂らしながら笑う姿が愛おしくて、僕は小さく笑ったあと、新入りに対して言うのであった。



「よお、新入り。会うのは今日が初めてだな」



生意気な僕の言葉に、パピーとマミーがぷっと笑う。きっとテレビのキャラクターに影響されやすい僕を見て、困り呆れているのだろう。

しかしどう思われようが構わない。だって今日は、細かいことなどどうでも良くなってしまうくらい、とってもとっても特別な日なんだから。

そう、僕は今日──



『お兄ちゃん』の称号を手に入れた。







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