番外編 甘い時間はいつまでも(後編)

「ありがとうございます。ここ、本当に眺めがいいですね」

 私は恥ずかしさを隠すために話題を変えた。


 窓の外には冬の澄んだ空気の中で灯りが柔らかく輝いている。緩やかに舞い降る純白の雪は羽のように優雅だ。


 そうして、とりとめのない会話をしていると、やがて温かいパンケーキとパイが運ばれてきた。


 甘い香りが部屋中に広がり、ランタンの光が幻想的な夜を彩る。


 ルドヴィクがナイフで丁寧にパンケーキを切り分け、私の皿に一口分をそっと置いてくれた。


「あ、ありがとうございます」

 甘やかされ過ぎて自分が蜂蜜みたいに溶けてしまいそう。


 私はその一口を大切に口に運ぶ。ふわっと広がる柔らかい生地とシロップの甘みが絶妙に絡み合い、あまりのおいしさに思わず目を閉じる。


「やっぱり、ここのパンケーキが一番好きです〜」


「それはよかった」

 ルドヴィクも自分の皿にパンケーキを取り、静かに口にした。


「ああ、本当に絶品だ。君が喜ぶのがよくわかる」

 彼は満足そうに頷きながら、残りの生地にもナイフを入れ、もう一度切り分けてくれる。


 エレンヌと食べに来た時も、とてもおいしかったけれど、今夜は格別だ。期間限定メニューだから気合いを入れて作られたのだろうか。それとも――。


 私は隣に座る夫の横顔をそっと覗く。


 ――ルドヴィクと一緒だから?


 黄金色に焼き上げられたパイも、とろりとした蜂蜜のクリームが温かく、サクサクの生地とよく合っていた。

 

 「どちらもおいしかったです! 両方頼んでよかった……」

 ルドヴィクとパンケーキを食べる夢もようやく叶った。


 パンケーキと蜂蜜をふんだんに使ったメニューを堪能した私は、心も体も温かさに包まれる。


 セットで運ばれてきた紅茶には、香り豊かなブランデーが少し混ぜてあって体の内側からポカポカしてきた。


 ――ああ、幸せ……。


 キャンドルの柔らかな灯りが揺れる中、ふと隣のルドヴィクに目を向ける。


「ルドヴィク、今日は本当にありがとうございました。こんなに素敵な時間を過ごせるなんて……」

 私は夢見心地のまま、感謝の言葉を伝える。


 すると彼は少しだけ見開いた目を逸らし、すぐに手元のグラスに残っていた水を口元に運ぶ。


 その横顔を見た時、彼の耳が赤く染まっていることに気づいた。


 理由はよくわからないけれど、なんだか照れているみたい?


 私は小首をかしげて、彼がこちらに向き直るのを待つ。


「君の笑顔を見れば喜んでもらえたことがよくわかる。まだ少しばかり甘いデザートの名残りを感じさせるように輝いているからね」

 ルドヴィクは私の手を優しく取ると、その指先に軽く口づけをした。


 彼の優しい仕草に、私の心臓が一気に飛び跳ねてたちまち頬が赤く染まる。


「は……わわ、私がまるでまだ食べ足りないみたいじゃないですか」

 慌てて返答するけれど、まっすぐに彼の顔を見られなくて目を伏せる。


 さっきまで照れていたくせに、切り替え早いのずるいです!


「そういう意味ではない。ステラの笑顔を見られるだけで、私も満たされた気分だ。今日は君とこうして静かに過ごせたことが、何よりの喜びだと言いたかった」

 その声は低く落ち着いていたが、言葉の端々から感じられる優しい愛。


 私はその温かい声に惹きつけられるように顔を上げた。


「ステラ……」

 囁くように名を呼んだルドヴィクは優しく私を引き寄せ、細い肩を抱きしめる。


 彼の温もりに包まれると、いつも緊張と喜びがせめぎ合って口から心臓が飛び出しそうになるのは、そろそろどうにかならないだろうか。


「私たちにはこれからも多くの時間がある。君と共に過ごす日々が、もっともっと幸せなものになることを楽しみにしているよ」

 彼の言葉に、私はそっと目を閉じた。


 頬に大きな手が添えられて、唇が重なり合う。


 ――甘すぎて、くらくらする。


 ルドヴィクの腕の中で、自分がどれほど愛され、大切にされているのかを改めて実感させられた。


「私も……ルドヴィクと一緒に、ずっと……」

 その言葉は、甘い静寂の中でかすかに響き、その瞬間、誰にも邪魔されない温かな世界に包まれる。


 ルドヴィクの腕の中で感じる安心感、そして彼の愛情が、私の心を優しく満たしていた。


 その夜、私たちはゆったりとした時を過ごし、外の冷たい夜風とは対照的に、互いの温もりを確かめ合いながら、たしかに幸せな時間を共有した。



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捨てられ令嬢が憧れの宰相様に勢いで求婚した話でも聞く? 宮永レン @miyanagaren

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