番外編 甘い時間はいつまでも(前編)
凛とした空気に包まれた夜、私とルドヴィクは、『
星灯祭は、冬の夜空を彩る星々に感謝を捧げるルニーネ国の古い祭りのこと。町のいたるところで手作りのランタンやキャンドルが灯され、まるで星空が地上にも広がったかのような幻想的な風景を作り出す。
「わ……っ、素敵! 一度来てみたかったんです、本当にありがとうございます」
私はふんわりとした雪が舞う空を見上げながら、ルドヴィクに感謝の言葉を述べた。
王都に住み移って十年間、叔父の命令で私には自由がなかった。透明な檻から救い出してくれたルドヴィクには感謝しかない。
――憧れの人が、今では私の……お、夫ですよ。
私は誰にともなく照れながら紹介する。久しぶりのデートで、冷たい夜風も心地いいくらい顔が火照っていた。その自覚はあるのだけど、いまだ即座に落ち着ける術は見つけられていない。
「今夜は特別な夜だからね。君と一緒にゆっくりと過ごせることができて嬉しく思う」
ルドヴィクは穏やかな笑みを浮かべながら、私の手を優しく取った。
彼が身に着けている温かな手袋は私が贈ったもの、一方、私は彼からもらった厚手のショールに顔を埋めて、にやける顔が見えないように努力する。
「お忙しいのに、お時間を作ってくださって、こちらこそ嬉しいです」
ルドヴィクは国の政を支える要として、日々多忙を極めている。外交交渉や内政の調整、財政の管理、さらには軍事戦略の立案まで、幅広い分野で決定を下さなければならない。
「重要な案件以外は部下たちに任せてきたから大丈夫だ。最近は他国との交易交渉が進展してきて、春になればまた社交も活発になるだろうし、君さえよければ今度は一緒に外遊にも行きたいと考えている」
彼は冷静な口調で仕事の話をしながらも、私に安心感を与えるような配慮を欠かさなかった。
「私にできることがあれば、なんでもおっしゃってください」
ルドヴィクと一緒にいられるなら、どこへでもついていきたい。他の国がどんな様子なのか本で得た知識以上のものをもっていないので、この目で確かめてみたい気持ちもあった。
「それにしても、『ミエル・ド・ロワ』から招待してもらえるなんて」
半年先まで予約でいっぱいの人気カフェ店は、この初冬に二階の物置をカフェスペースに改築し、利用客の予約期間の短縮に努めると宣言した。そして先日、その最初の客として私たち夫妻をぜひ招待させてくれと申し出があったのだ。
店の前まで馬車で行ってもよかったのだけれど、光にあふれた街並みをゆっくり見たかったので、王都の門から店まで歩いてきたというわけ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
扉を開けると、店員が恭しく頭を下げて、外套などを受け取ってくれる。すでに食事の席についていた他の客たちが、私たちに気づいて色めき立った。
その黄色い声に軽く会釈しながら、二階に上がっていく。
上階は、一階の席よりも少なめにセッティングしてあるが、他の客の姿はなかった。各テーブルや窓際に置かれたキャンドルの柔らかな灯りとシャンデリアの繊細な光が、室内全体を優しく照らしている。
「二階席のオープンは正式には明日ですので、今夜はお二人のみのご利用となっております。ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
店員が案内してくれたのは、フロアの一角に設置された衝立と背の高い植物に囲まれたちょっとした個室風のスペース。
どっしりとしたソファが窓の方を向けて設置してあり、そこから街並みが一望できるようになっているようだ。
「お忍びでご利用されたいというお客様のご要望もございまして、こういうお席も作ってみたのですが、もしよろしければ、あとでご感想をお聞かせいただけましたら光栄です」
店員はそう言って、ソファに並んで座った私たちの前にメニュー表を広げる。
「こちらは星灯祭の期間限定の商品でして、白薔薇のパンケーキのアレンジ版で『
店員はなめらかな口調でさらに続ける。
「もう一つの期間限定のメニューは『蜂蜜と焚き火のパイ』です。こちらは、焚き火の暖かさを感じさせるようなさっくりとしたパイ生地に、濃厚な蜂蜜カスタードを詰め、外側にはほんのり焦がしたメレンゲを乗せてあります。口に入れると、甘さと香ばしさが広がって、寒い日にぴったりのメニューとなっておりますよ」
他にも通常のパンケーキが数種類と、心惹かれるメニューがずらり並んでいる。
私は普通の白薔薇のパンケーキ一択のつもりで来たのだけれど、期間限定と言われてしまうと心が揺らぐ。
「どちらも魅力的だわ……どうしよう」
早く決めないと、せっかくの時間が無駄になってしまう。
「ならば、両方頼んで二人で分けよう」
メニュー表を見ながら迷う私に、ルドヴィクは微笑んで提案した。
「えっ、で、でもルドヴィクも他に注文したいですよね?」
「君と楽しむのが一番だ。今説明してくれたものを一つずつ頼む」
ルドヴィクが店員に話すと、「承りました」と店員はきびきびと階下に降りていった。
「申し訳ありません、優柔不断で」
頭を下げると、彼は柔らかく目を細める。
「そんなことを気にする必要はない。どちらも一緒に分け合えるというのも特別だろう?」
唇の端をわずかに上げ、穏やかな口調で返す彼は悠然としている。
――いつも思うけど、本当にルドヴィクは素敵……。
絶対に私のことを否定しないんだもの。これで、つい甘えてしまうのよね。
将来の公爵夫人たるもの、しっかりしなければと思うものの、毎日こんな感じなのでエレンヌには呆れられている。
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