エピローグ
婚約が正式に決まってから半年後、秋のよく晴れた日――
王都ではいたるところに白薔薇が飾られていた。
私たちは極彩色の光射す大聖堂に並び立ち、夫婦の誓いを交わした。
ルドヴィクは光沢のある白の燕尾服を身にまとい、シャンパンゴールドのアスコットタイを締めていた。
歩く度に翻る燕尾がすらりと長身の彼によく似合っていた。蜂蜜色の髪を軽く後ろに流し、艶やかな青い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくるので、うっかり天に召されそうになる。
(この色気だけは……いまだに耐えられない)
ただでさえ神々しいのに、荘厳なオルガンの音色が響き渡ると、本当に神が降臨したかのような錯覚に陥った。
あまりの美しさに、覚えた手順も忘れそうになったが、その度に頭の中でエレンヌの「『ぴ!』はお気を付けくださいませ」の言葉が思い浮かんだので、なんとかこらえることができた。
私の婚礼衣装は、仕立屋のブランシュがメインとなって新たに作製してくれたものだ。
純白のオフショルダーのドレスは袖の部分がフリルになっていて、とてもかわいらしかった。胸元はレースで覆われ、白薔薇を象ったシルクの飾りが真珠の粒と共にあしらわれている。
前開きのドレープのついたシルクサテンのスカート部分は華やかに仕上がっていた。その後ろに優雅に流れるレースのトレーンは、王弟妃ということで、かなりの長さがある。
結い上げたミルクティー色の髪にはダイヤと真珠、そしてサファイヤを嵌めたティアラが燦然と輝きを放っていた。
周りを気にする余裕はなかったけれど、後から、「参列者の皆さんはお二人の姿に惚れ惚れとしておりましたよ」とエレンヌに教えてもらった。
大聖堂を出ると、多くの参列者が色とりどりの花びらを撒いて祝福してくれている。
青空に吸い込まれるように、聖なる鐘の音が遥か彼方まで響き渡った。
「世界で一番美しい花嫁だ、ステラ」
パレードの為に用意された二頭立ての屋根のない馬車が、白薔薇で華やかに飾りつけられている。
それに乗り込んで、ルドヴィクが蕩けるような笑顔を見せた。
「ずっと、このまま眺めていたい。私にも君くらいの才能があったら、忘れないように絵に残すのに」
「ふふ。私は帰ったら忘れないうちに描きます」
自信たっぷりと答えれば、ルドヴィクが少し困ったような笑みを零した。
「絵を描く時間があると思っている?」
サファイヤの瞳が意味ありげに細められる。
「え? あ、王宮でも祝宴が開かれるのでしたよね。帰ってすぐには無理ですね」
真剣に頷いたのに、彼は唇に弧を描いたまま固まってしまった。
「な、何か変なことを言いましたか?」
どうして彼がそんな反応をするのかわからなくて、首をかしげる。
「いや……君らしくていい」
微苦笑するルドヴィクの姿に釈然としない気持ちもあったが、馬車が王都の中心部にさしかかり、歓声と拍手に包まれたので、私は彼らに応えるように手を振った。
同じようにルドヴィクが手を振れば、黄色い歓声が上がる。
結局、私は平民という扱いで妃となった。身分を気にする者もいて、フランソワ侯爵夫人などが書類上の養女とすることも提案してくれたが、王家がそれを辞退した。
もともと王弟というのは結婚の予定がなかった。娶った妃の実家の爵位によっては権力のバランスが崩れかねないとしての判断だ。
「ステラ様、ルドヴィク殿下! ご結婚おめでとうございます!」
仕立屋の前を通ると、ブランシュ達が目を輝かせながら花びらを宙に撒いてくれている。
「ありがとう!」
嬉しさが溢れて、笑顔で大きく手を振った。
沿道で待つ人々は、誰もが二人を盛大に祝福してくれている。
「『ミエル・ド・ロワ』にも行きましょうね。今度はちゃんと皆さんと同じように予約して」
甘い香りの漂うカフェの前を通り過ぎて、ルドヴィクに笑いかけた。
「ああ。もちろんだ」
きっと彼と二人で食べるパンケーキは、とびきり濃密な甘さで満たされるだろう。
「あなたと同じ時代に生まれてきてよかった、ルドヴィク……」
恥じらいの気持ちを滲ませて、夫の名を呼ぶと頬がほんのり熱くなった。
婚約して半年も経つのに、まだ敬称なしの呼び方が恥ずかしくて、どうしてもためらってしまう。
「私もステラと同じ時を歩めることを嬉しく思う」
美しく高貴なルドヴィクの笑顔からは、愛情が溢れているのがわかった。
――これからはずっとそばにいられるのね。
シルクのヴェールが羽のように軽く、乾いた秋風になびいた。
「愛している」
その言葉が心に染み渡る。
思わず感極まって瞳を潤ませると、抱き寄せられて優しく口づけられた。
通りの方から悲鳴のような歓喜の声と拍手が沸き起こり、ありえない量の花びらが、瞬く間に降り注いでくる。
「私も愛しています。ずっと、ずっと……」
二人の瞳の中にはお互いの顔しか映っていない。
いつまでも幸せでいられますように。
きっと、ルドヴィクと一緒なら歩いていける、どこまでも――
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