17.思い出の薔薇園で

 ――それから数日後。


「ステラには、どれだけ謝罪と感謝の言葉を送ればよいのかわからぬ」

 国王からテーブルに額がつきそうなほど頭を下げられて、私は慌てて首を横に振った。


「へ、陛下! おやめください。私こそ、公衆の面前で王太子殿下を叩くなんて、乱暴なことをしてしまい大変申し訳ありませんでした」

 同じように私も頭を下げる。


 ここは国王の私室だった。王の隣には王妃もすまなそうな顔をして腰かけている。私の隣の席にはルドヴィクが毅然とした表情で座っていた。


「いや。愚息はあれで目が覚めたようだ」


 あの後、グエナエル自ら隣国に留学したいと申し出てきたのだという。


 さすがにあれだけの人の前で恥をさらしたのだから、今更学び直したいと思っても自国ではやりにくいのだろう。


 それも自業自得だが、ルドヴィクとの約束を守り、心を入れ替える覚悟をしただけでも十分進歩したようだ。


「一年後には真人間になって戻ってくればよいが、向こうでも問題を起こしたらもう私はおしまいだ。なあ、今からでもおまえが次期国王に名乗り出るつもりはないか?」

 国王は弟に向かって手を合わせた。


「はぁ……それだけは勘弁してください」

 ルドヴィクは、こめかみに手を当ててため息をついた。


「だが、私はもう胃が痛くてな……毎日薬が手放せないのだ」


「兄上。あなたが息子を信じてやらないでどうするのです」


「そうですよ、陛下。ルドヴィク殿下もステラも十分力を貸してくださったではないですか」

 王妃が国王の肩に手を置く。


「ああ……それもそうだな。本当に迷惑をかけた。私も気を引き締めて、息子に冠を渡せる日まで、この国をしっかりと守っていこう」


 私とルドヴィクはそんな国王夫妻に挨拶をして退室した。


「少し遠回りをしていこうか」

 この後すぐにルドヴィクは仕事に戻らなくてはならない。わかっているのに寂しいなと思っていたところだったので、まるで心を読まれたのかとドキッとしてしまう。


「しばらくは王宮暮らしが続くだろうが、グエナエルが心を入れ替えて王位を継承したら、私は今の職務を引退して公爵領で暮らそうと思う」

 ゆっくりとした足取りは、王宮の渡り通路を抜けて薔薇園へ歩み入る。


 幼い頃、ここで一人泣いているところをルドヴィクに見つけられた。


 怒られるかと思ったのに、彼は優しく話を聞いてくれて、温かい手で頭を撫でてくれた。悲しい色に沈んでいた泣き顔は、彼と別れる時にはもう薔薇色の笑顔に変わっていた。


 ずっと憧れていた人は、今や心から愛する人――


 ガゼボのベンチに腰掛けると、優雅な薔薇の香りに包まれる。


「振り回してばかりで申し訳ないが、君を大切に想う気持ちに変わりはない」


「ルドヴィク殿下……」

 膝の上に置いた手にルドヴィクの大きな手が重ねられ、端正な面立ちを寄せられた。


 優しい体温に吐息が閉じ込められて、胸がきゅうっと高鳴る。


 二回目のキス。


「殿下、愛しています……」

 唇が離れて、私はほんのりと赤く染まった目元を伏せた。


「愛しいステラ。二人きりの時くらい敬称をはずしてくれないか」


「ふぇっ?」

 唐突なお願いに、どきりと心臓が飛び跳ねた。


「ル、ルドヴィク……様?」

 溜めに溜めて名前を呼ぶが、彼の返事はない。


「……ルドヴィク」

 真夏でもないのに汗をかきながら、私は思いきって名を呼ぶ。


 するとルドヴィクは耳を真っ赤にしてはにかんだ。


 ――その笑顔、反則!


 すぐにその熱は私にも移って、何も言葉が出てこない。


「ありがとう、ステラ。私は幸せ者だ」


 捨て身の勢いで求婚したのに、本当に一緒になれる未来が待っていたなんて。


「あなたの幸せは、私の幸せです」

 そう言って微笑みかけると、そっと抱き寄せられた。


 二人の想いが重なる、これ以上の幸福があるだろうか。


 純白の花びらが春風に舞い上がった。それは温かい祝福の雨のように陽光を浴びながらゆっくりと降り注ぐ。



 これが――捨てられた私が憧れの宰相様に勢いで求婚した話。


 この話には続きがある。もちろん、それがどんなものか今の私にもわからない。


 泣いたり笑ったり、かけがえのない時間を最愛の人と過ごしていくのだろう。


 私はルドヴィクの温かい腕に包まれながら、これから先の未来に想いを馳せたのだった。


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