なきむしの地上絵

八四六

やさしさ - 1

 想いが溢れるとか、そういうのが美しいというのは間違っていると思う。

 ずっと辛かったね、君は一人じゃないからね、お前ならできると思うんだ、私も同じようなことがあって、君の気持ちはとてもわかるよ、何かあったら頼ってね、無理すんなよ、休みたいときは休んだほうがいい。

 覚えているんだ。優しい言葉たちが"すくい"だしてくれるこの感覚を、なんども、なんども咀嚼したあの味を。素晴らしい社会構造だと思う。誰かを助けることに上下関係とかなくて、均した平面上に立つ人間同士がそれぞれの対価や名声に囚われず声を掛け合う。

 なのにどうして、こんなにもあたたかくて、こころが絞られるように辛いのだ。

 締め付けるんだ。私の手足を、骨組みを、筋肉を。心という生命を維持し続けるポンプは、血液と一緒に水溶性のある感情と、小さなコップ一杯分の塩水を混ぜ込んで、全身に行き渡らせてるに違いない。

 私は悔しいのか?表面上は対等に支えあっている私たちを俯瞰的に見て、彼らは私の顔を下から覗き込んでいる気がした。狡い発想に過ぎないだろう、きっと意図せずそうしてるんだろうけど、自分がそう感じてしまったら最後だろう。どうみても下にいる私を、どうにか上に押し上げようとしているその柔軟な人間性に鳥肌が立った。

 なにもできない私は、その手にすがることしかできなかった。そのどれもが、寝具に横たわっているときのように安堵を覚えて、疑ってしまう自分に嫌気がさして。

 結局その繰り返し、だと思う。そのループを逃れようと今度は自分が誰かに優しくしたり、なるべくそういうヘマをしないように意識してみたけれど、どれも無駄だった。それによってわかったことは、やさしさとは、ひとつまみの気まぐれと、無意識な内面の露呈が重なって生まれる儚い行動に過ぎないものだということ。やさしさとは、その対価を期待してはいけない。

 優しくすれば、受け取った人間は救われる、尊敬する、恋に落ちる、恩を返そうとする?残念ながらすべては必ずとは言えないし、やさしさなどというものは、人間性に振りかける隠し味のようなもので、それを核と成し、象ることがこの世界で必要とされている人格者、いわゆる人気者なんだということは甚だ誤りだと、”あなた”に伝えたい。

 この文章はそういうおはなし。道徳に則った、美しい世界を作り出したいとか、そんな夢を抱いている人は、傷を付けてしまう可能性がある。仮に昔の自分にこのおはなしをぶつけたら、軽く一週間は何にも手がつかなくなると思う。

 それでも、正解のないこの世界を少しでも鮮明に見たかったりとか、理不尽なことばかりが降り注ぐ街をまだ愛してみたいと思っていたりとか、ずっと心残りのある学生時代とかの過去の記憶を昇華したいとか、こころの火がどんなに小さくても消えないでいるのであれば、私はこれを線にして、形としてそういう人に伝えたい。そしてこの文章に意味を持たせたい。

 不器用な字面でも、理解しようとしてくれる貴方へ。

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