グラスの空に咲く
めいき~
第1話 グラスの空に咲く
--この世の中には、空以外に咲く花火がある--
強い光を受けて、眩しさの余り額の当たりに手をやった。
今日も、空は青い。蝉の鳴き声すら、心なしか弱々しく感じる。
余りの暑さに、足元がよろめいた。
眼がチカチカして、夏に川辺の蛍でも見ているのかと錯覚するようだ。
「なんで、私がお盆の連休出て来なきゃいけないのよ!!」
空に向かって、力一杯吼えた。
「仕方ないだろ、石原先輩が例のウィルスにかかっちゃって。この工事を変わりに、管理できるのは真理さんだけなんだから」
そういったのは、知り合いの出入り業者である小山さんだった。
今日も、汗だくになりながら働いているその姿は実に逞しい。非常に眼福である。
「それも、これも係長の青山が俺は管理職だから~とか言ってバックレたのが原因でしょうが。昨日、私が車で帰る途中にパチ屋悪夢から出て来たの見かけたのよ!!」
パチ屋に居る位なら、お前が変われっての。そう憤りながら、真理が不愉快にくっつく服をバタバタとやる。それを、小山さんは苦笑しながらチラリとそれを見た後工事を再開していた。
「あ~あ、おかげで友達と海行くために頑張って痩せたのも。奮発して新しい水着買ったのも、全部ダメになっちゃうし。向日葵畑や貸し切り列車の予約もパーよ。何が悲しくて、会社の人間が誰も居ない会社に出てきて仕事しなきゃいけないの。今年は、有給の申請を三ヶ月も前にしてたのに」
工場のラインというのは、基本的に稼働状態からは止めにくい。例えば、産業炉なら一端止めてしまうと稼働状態に持っていくのにそもそも一日単位なのだ。
だから、こうしてラインの増設やメンテは会社がお盆等の長期休みの時に行われる。
結果として、大型連休等にこの手の仕事の人間は会社に出て来なくてはならない。
むかつく、むかつくと呟きながらも。前の職場よりマシかなと思わなくもないが、それは代休といって大型連休以外の日に通常の有給とは別に連休分休んでもいいよというだけの話。
平日の夏以外の海にいっても、景色が美しいだけで。どこの施設も、平日はガラガラで並ばずに大好きなラーメンをニンニク鬼盛で気兼ねなく食べる事が出来るという位だ。
人が居る所では、視線が気になってお洒落な醤油ラーメンをすすっているけれど。本当は、モヤシ多め、ライス大盛でこってり豚骨が頼みたい。
(平日には休めるが、人が休んでいる時に働かなくてはならない)
去年の夏は、大型連休が終わって新人君が遅刻してるのかなと電話したら会社辞めますだもん。更に言えば、この手の工場系の仕事に女性なんて殆ど居ないから。新人が女の子って聞いただけで、同じ女性が来るって凄く嬉しかったのに。
「あ~もう、小山さんとこの業者なんて私がいなくてもこれだけサクサクやってくれてるんだから鍵だけ渡して私もお祭りや海にいきたい……」
業者の人がちらりと私の方を見たので、軽く頭を下げた。
「私がやる事なんて、皆の為にペットボトルのお茶を買ってきて配る事ぐらいじゃない」
大変に喜ばれているし。それ程トラブルが少ないケースは、稀でありがたいことだけど。
外は三十九度、工場内は冷房がかなりきいてはいるがそれでも三十度は越えている。
(前の職場と比べたら全然天国なのよね。前の職場は冷房も無かった訳だし)
未だに原始的な、冷風扇の管を背中に突っ込んで仕事をしている場所は多く。前の会社はそうだったのを、夏が来る度に思い出してうんざりした。
(私は、背中に突っ込むオジサンたちを見ながら顔を近づけて涼んでたのよね)
涼しそうではあるが、人の作業着の中に入れていたモノを自分の背中に突っ込む勇気は私には無かった。
それにしても、いつも頼りになる石原先輩がまさかの病気なんて。
いつも、幸薄そうな顔で色んな部署の火消しをやっていてしっかりしている印象だったのに。
会社の事は忘れたいけど、石原先輩の事は何故か気になっちゃうのよね。
そういって、ぼんやりと頭に。あの、のっぺりとした何処か愛嬌のある顔を思い浮かべた。
(最初見た時は、小さいアライグマっぽい人だなって思った)
うっかり初対面の時に、タライ船に乗せたら可愛いかもなんて口を滑らせたりして。
「そのまま、どっかに流れて行きたいな」なんて石原先輩が笑ってたの凄く可愛かった。
(あぁ、何考えてるんだろう……)
「お~い、真理さん。これ見て欲しいんだけど」
そんな事をぼんやり考えていたら、小山さんが声をかけてきた。
電気系統の設計図のコピーを渡されて、赤丸がつけられていたのでそこを見ると配線が無い。思わず声が裏返り、周りの作業をしてる人がぎょっとこっちを見たが笑って手を振ってごまかした。
「どういう事?」これ、設計図だとある事になってるけど。実際は、ここまでしか来てなかったんだよ。
小山さんは、天上を指さしながら。実際に、上がってみてきたから間違いないよと言った。「前の責任者って誰か判るかしら」「確か、俺達前の工事はさせてもらえなかったんだよね。俺たちより安い業者があるからって」
暑いだけではなく、頭が痛くなるような。そんな、気持ちになりながら真理が項垂れた。
汗が髪からしたたって、実に今の状態と合わせて不愉快な気持ちになっていく。
「それで、真理ちゃん。これ工事をするなら、ここから繋がなきゃいけないから。資材発注や追加料金かかっちゃうよ。だから、相談したんだけど」
前の責任者って誰よと思って名前を見たら、青山のハンコが見えたので一瞬だけ殺意で設計書ごと破り捨てそうになるが思いとどまった。
「ごめんなさい、ちょっと休憩しててもらえる? 前の責任者に電話をかけてみる」
努めて、笑顔を作り。安心させたくて手を振った。
(あの、子汚いバーコードハゲチャビン何してくれてんのよっ!)
こういう時の為に、作った電話をかけまくるマクロをパソコンから走らせ。青山がでるまで絶対に逃がすつもりはないと、様々な所から鬼電すると二時間後の昼に繋がった。
後ろからは、けたたましい音が聞こえてきて殺意がわく。
「真理ちゃんどうしたの?」相変わらず、むかつくハゲだ死ねば良いのに。
「どうしたの? じゃないですよ。前の工事の責任者、青山さんですよね。前の工事電気系が途中までしか来てなくて、今大問題になってるんですって。このままだと、青山さんが去年別業者をごり押ししたりした事やその他もろもろ明るみに出てクビになりますよ。私は、青山さんみたいなパチンカスでヤニカスのバーコードハゲは居なくなってくれた方が快適なんで。今からハッピーハッピーって踊りながら、報告書作ってる所なんですけど……」
理解したのか「ちょちょっとまっ」と慌てふためいた所で真理は受話器をガチャリと置くとふっと電話の元線を抜いて輝く笑顔になる。
実に気分爽快で、資材を発注すると。小山さん達業者に、証拠の写真とか手抜き工事の後を見つけてもらいそれを残さず本社にファックスして指示を仰いだ。
その日の業務は終了し。顔を真っ赤にした青山が、次の日に怒鳴り込んで来たのだが「青山さん用事があったんじゃないんですか?」とシラをきり通す。
無論、電話線は昨日帰る直前に戻したので。私側の証拠は提出できまい、もはや管理職じゃなくなる事が確定のしがみつくだけのオッサンに。私をどうこうする権利等無い。
(仮にオッサンが私を訴えても、その証拠を訴えた側が用意しなきゃいけないのよね)
第三者立ち合いで証拠を用意した私と、何も出来ないおっさんじゃ勝負になんないわよ。
君には慈悲の心はないのかって?愚門ね、石原先輩の様に皆を助ける為に奔走するような人になら慈悲位はあります。でも、私の辞書には子汚い自分勝手なパチンカスに対し慈悲等米半粒ほども存在しないの。
数日後、青山は会社から消えた。ひと夏の想い出の予定を、潰してくれた青山は滅びたのだ。
更に、一週間経つと。石原先輩が戻って来たので、一から十まで説明すると「災難だなぁ」と何とも言えない顔で肩を竦めていた。
「乙女の、夏休みを潰してくれたんです。あれでも温いくらいだと思いますよ?」
「それ、僕も同罪だよね?」「先輩は、病院が証明した病じゃないですか。あの子汚いオジサンみたいにズルじゃないんですから、ノットギルティです」
「出社早々申し訳ないのですけど、これ見て下さいよ。あの後、小山さん達に調べてもらって発覚した手抜き工事こんなんですよ」
ちらりと、石原先輩が赤で訂正された設計書のコピーの分厚い束をみて溜息をついた。
「うん、これはギルティだわ」「でしょう?」
私と、石原先輩は笑いあう。
「そうだなぁ、これは合わない人が多いから。合わなかったら、断って欲しいのだけど。夏の想い出の補てんなら、僕にも心当たりがあるから。今日終わったら一緒にカフェに行かない?」
「近くのですか? 良いですよ。話したい事もありますし」
そうして、その日の夕方。私と先輩は、会社の近くのカフェに来て窓際に座った。
「それで、先輩がお薦めするなら相当珍しいものですよね?」
「期待値上げないでくれる?ただの補てんだから」
そういって、先輩はメニューの一つを指さし。私はその写真をみて、凄く素敵な見た目に心を奪われた。
「先輩、これグラスの中が蒼いですよ!」興奮した私に対し。
「これは、バタフライピーっていうんだ。薬草茶の一種でね、効能は凄いんだけど薬との取り合わせが悪かったり。体質的に合わなかったり、血がサラサラになるんだけど効果がありすぎて血が止まらなくなったりする事もある」
写真のバタフライピーのグラスの中で、色とりどりの花が咲いて空に花火が咲いている錯覚をしそうになる。
二人分を注文すると、たわいもない話をした。
やがて、写真の通りの。否、それ以上に美しいバタフライピーがテーブルの上にやってくると私は会話をやめ。そのグラスに見入った。
空の色が夕焼けから星空に変わっていく様に、こうしてレモン何かを垂らして色が変わっていくのを楽しむのが僕は好きでね。バタフライピーの花は、夏が旬なんだよ。
こうして、浮かべている花も薬草で全部夏の花だしね。
「オジサンが、花の薬草茶なんか嬉しそうに飲んでたら変かい?」と小首をかしげる先輩に「私が、ニンニク山盛りの次郎系豚骨ラーメンを汗だくで食べてるよりは変じゃないですって」と答えた。
「なんだよそれ、何食べてても美味しければいいじゃないか」といいながら笑う。
今日は、僕が一杯奢るよ。この、素敵な夏のお茶を後輩に知ってもらいたいし。
そういうと、花を上手に取り出して、割り箸の袋を開いて小さなミニチュアの花束風にした後。テープで止めて、テーブルの真ん中に飾った。
「先輩器用ですよね」「そうでもないよ。最初は、レストランとかで色々飾ってあるのを見てさ。ハンカチで折り紙をして置いてみたり、試してたら癖になっちゃって」
私の夏は、先輩がテーブルに置いた小さな花束の様に。
一杯に浮かぶ花達が、ささくれた私の気持ちを癒してくれた。
<おしまい>
-----------------------------------------------
2024年9月16日結果が出たので多少の修正
2024年9月20日再び多少の修正
グラスの空に咲く めいき~ @meikjy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます