取り替え子

 日本には昔からいろいろな「人さらい」の話がありますよね。天狗てんぐさらわれた子供が数日後に戻ってきた話ですとか、夜遅く出歩いていると山姥やまんばに攫われる話ですとか。攫われるのはいつでも子供。戻ってきたり、そうでなかったり。


 この手の話は、子供に対する「夜遅くまで遊んでないで帰ってきなさいよ」というや訓話だとかも言われてますよね。怖がらせて言うことを聞かせてやろうという奴ですね。個人的には、ちょっとどうかとも思いますけど。


 それとは別に、むしろ、起きてしまったことに折り合いをつけるための理屈なのではないか、という説は知ってますか? ええ。むに已まれず子供を手放したり死亡させてしまった親が、現実を受け入れられず、なぜこんな事になってしまっているのかを思い悩んだ結果、自分や周りの皆を説得するための理屈としてにしてしまうのです。


 。だが認められない。だから、皆を巻き込んで鐘や太鼓を打ち鳴らして派手に山を捜索する。それは「うちの子はいなくなりました。だけどそれは、事件ではなく怪異のせいなんですよ。いいですね?」というアピールも兼ねていたのでは、と提唱する民俗学者もいるそうですよ。


 しつけの話はまがりなりにも子供の事を思っての話でしたが、こちらは完全に大人の都合ですね。もしかしたら犯人は親自身なのかもしれません。一気にグロテスクな話になってきますね。


 え? 失踪した子供が帰って来るケースはどうですかって? それはですね、失踪の原因が、実は修験者などが子供を攫って性的な暴行をした後に開放していたのではないか、なんて説もあります。それを覆い隠すために、これまた怪異のせいにしているわけですね。怪異もいい迷惑ですよね。


 そして西洋でも、この手の人さらいの話はいくつもあります。中でもよく知られているのが「取り替え」です。ええ、俗に言う「チェンジリング」です。人の世界と隣り合わせに住んでいる妖精が、自分の子と人間の子を気づかれぬように「取り替え」てしまうという民話ですね。


 日本の天狗は子供を攫いますが、西洋のチェンジリングは取り替えるんです。


 取り替えられ人の世界に残された子、――チェンジリングは大抵粗暴で、子供らしくなく偏屈だったそうです。こんなのは自分の子では無い。おかしい。そういわれることが多かったみたいですね。


 ええ、そうです。こちらの民話も大人が、「こんな子は自分の子では無い。そうだ、妖精に取り換えられたんだ」と一種の逃避を行い、そこから産まれた話なのではないか、と言われたりもしているんです。どの時代の、どこの世界でも、親と子というのはいろいろあるんですね。


 と、すみません。ついつい話が逸れました。職業病というか、オカルト好きの悪い癖ですね。長田さんの娘さんの話でしたね。


 長田さんに、帰ってきてから娘さんの様子が依然と少し違うという話を聞いて、私は取り替え子の話を思い出したんです。ええ、日本にもいるんですよ。似たような怪異が。チェンジリングと区別するために、仮に「どっぺんさん」と呼ぶことにしますね。


 どっぺんさんも入れ替わりを行うと言われている怪異です。ですが、すぐには入れ替われないんです。そんな器用ではないんです。入れ替わるには、子供になりすますための練習をする期間が必要なんです。はい。そうなんです。その練習期間というのが、――3日間なんです。


 子供の警戒心が薄くなる祭りの時を狙って、子供をかどわかす。そして、月の光を蒸留して作った薬を飲ませるんです。子供は一種の催眠状態になり、どっぺんさんの家でもてなされます。いろいろな方法で、そして、いろんな話を聞きだされていろんな表情をして。どっぺんさんはそれを観察して、練習するんです。


 顔をまね、声をまね、しぐさや口癖や表情をまね、好きな物や嫌いなものを聞き出して3日後、子供は薬の効果で眠りにつきます。どっぺんさんは子供の家へと向かい、そして入れ替わるのです。何食わぬ顔で、練習してきた通りに。


 ここからは時間の勝負です。子供の飲んだ薬の効果は、だいたい眠りについてから5日以内には無くなります。その間にどっぺんさんは、人間に気づかれないように入れ替わり先の家の物をなにかひとつ持ち帰るのです。


 そして薬の切れた子供を家に帰す。薬の効果で、子供は入れ替わっている間の事はあいまいなままですが、攫われたショックが残っているのかな、くらいに思われているうちに日常の生活へと戻っていきます。


 だから私は長田さんの話をきいて、も入れ替わり中のどっぺんさんなのかもしれないなと思ったのです。


 え? はい。それだけです。それがどっぺんさんの目的です。持って帰る事だけです。リモコンですとか、傘ですとか。「持って帰ってきたぞ」という事がわかるものであればなんでもいいのです。


 なんでそんな事をするのかですか? それはですね、ですよ。人間だって夏場にはやりますよね? どっぺんさんにとっては、入れ替わりは伝統的な遊びであり、度胸を示す儀式なんです。人間にバレずに潜入し、そしてバレずに戦利品を持ち帰って元に戻る。そのスリルが大好きなのです。


 人間にバレた場合、最悪の場合ははらわれてしまいますし、子供に飲ませた薬の効果が切れそうになった場合には、目が覚める前に強制的に元に戻されます。ゲームオーバーというわけですね。一番称賛されるのは、バレずに、できるだけ長く人間の家に留まって帰還した場合です。最も勇気と知恵のあるどっぺんさんとして、敬われるみたいですよ。


 どっぺんさんにとって入れ替わりは、気分が沸騰するようなお祭りなんです。


 え? ずっと入れ替わったままという事はないのかって? それはありません。というか、できません。どっぺんさんはせいぜい人間の子供くらいの背丈なんです。だから、子供としか入れ替われないんです。何年も過ごそうとしても、いつまでも攫われた時のままでは疑われますよね。物理的に無理なんです。


 不測の事態は無いのかですって? その方が話が広げやすい? まったく、あなたという人は。そうですね、ごくごく稀に、月の薬が合わない子供がそのまま昏睡して亡くなってしまう事があったそうです。その場合には、そっと入れ替わり先から帰ってきます。ご家族にとっては、せっかく行方不明から帰ってきた子供が再び行方不明になってしまうことになりますね。こればかりは、お気の毒としかいいようがありません。ただ、そんな事があってから、月の薬の管理がとても厳しくなったそうですよ。


 そんな話をですね、私も長田さんにこっそり話したんです。杞憂かもしれませんが、こんな話もありますよ、って。長田さんは、脅かさないでよ、なんていって苦笑していましたけどね。ふふ。


 え? 悪質な押し売りですって? 心外ですね。信じる信じないは別として、オカルト話を広めるチャンスを逃さずに広めていくというのは、編集者として読者の間口を広げる広報活動の一環です。むしろ褒めてもらいたいくらいです。


 あ、ちなみにですけど、その後長田さんからは、スマホの充電器が見当たらなくなってLINEが入ってましたよ。ふふ。さあ、どうなんでしょうね。


 さ、私の話はこれくらいにして、そろそろ執筆の方、お願いしますね。ちょっとしたネタも提供させていただきましたし。え? 話としてまとまらない? そこをまとめるのがの仕事でしょう。ある事ない事付け足して、4ページ埋めて下さいね? 頼みましたよ? もちろん、書けるまでは家に帰れないと思って下さい。


 人さらいは私ですって? 人聞きの悪い。大体どっぺんさんも天狗もチェンジリングも、子供しか攫わないんですよ? いい大人が何を言ってるんですか。仕事です。まったく。部屋まで手配して缶詰にしないと4ページすら書けないとか、本当に大人なんですか?


 ええ、期待していますよ。どっぺんさんの話でなくても構いませんからね。それにしても、あの祭り……いえ、なんでもありません。ともあれ、よろしくお願いしますね。


##


 そう言い残して小山内おさない女史は去って行った。鬼編集め。締め切りを1週間過ぎたくらいで笑顔で軟禁するとは人の心はあるのか。彼女こそ怪異ではないのか。


 怪異。怪異か。そう言えば女史の言っていた「どっぺんさん」。入れ替わり中に人の子が亡くなった時はそのまま去ると言っていたが、どっぺんさんの方が亡くなった場合にはどうするのだろうか。


 家族としては、帰ってきた子供をすぐに不慮の事故で失った事になる。すると、元の子はどうすれば良いのであろう。荼毘に付される前に元に入れ替えられれば、「黄泉がえり」の話が産まれるかもしれない。だが、うまく行かない場合は子供が宙ぶらりんになってしまうのではないか。


 そうなると、その子供はどっぺんさんに育てられる事になるのだろうか。人生の途中から怪異に育てられた戸籍の無い人間。きっとその人間は、妙に怪異の事に詳しい大人に育つのではないだろうか。


 ふと、そんな妄想をしていた私は軽く首を振った。いかんいかん。今は原稿を書かなければ。だが、この妄想を膨らませればいけるか?


 少し思案し、ごろりと床に寝転ぶ。いけなくはないだろうが、女史の思惑通りに書かされている感が出て癪だ。だが背に腹は代えられないのも事実だ。考えているうちに、筆は進まず時計だけがいそいそと進む。


 仕方がない、これで行こう。しかし4ページに足りるだろうか。いや、まずは書くしかない。妙に怪異の事に詳しい大人とその理由。その発想を考え直して、ふと思った。


――これはいけるか? いや、だがしかし……


 逡巡した私は、しかし、大きく息を吐いて両手で顔をぴしゃりと叩いた。ある事ない事付け足して書けと言ったのは女史自身ではないか。構うものか。


 そして私はキーボードを叩く。


 < 女史はふと呟いた。「それにしても、あの祭り……、まだ熱心に続いてたなんてね……」と >




-了-








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沸騰する祭×去らない熱 吉岡梅 @uomasa

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