沸騰する祭×去らない熱

吉岡梅

山間の夏祭り

 先日、学生時代の先輩の長田おさださんから相談された話なんですけどね。


 長田さんは静岡市の北の方、俗に奥静おくしずと呼ばれる山間やまあいの地域に住んでいるんです。静岡市って南北に長いんで、南端は海になって北端は山になるんですよね。その山の方です。なかなかの田舎なんです。


 その地域でお盆休みに夏祭りをやったそうです。のような大きなお祭りというわけにはいきませんが、いくつか屋台も出して、盆踊りに花火もやって、こじんまりとはしていますが、熱気のある楽しいお祭りだったみたいですよ。


 そのお祭りの晩、長田さんの娘さんの行方がわからなくなってしまったんです。


 娘さんは小学3年生。友達と一緒にお祭りに行ってくると出かけて、そのまま帰ってこなかったそうです。帰りが遅い事を不審に思った長田さんが、娘さんの友達に連絡を取ったところ、確かに一緒に屋台を回ったが、普通に手を振って別れた、と。


 すぐに駐在と町役場に相談して町内放送もして貰ったものの、まったく手がかりは見つからず。有志を集めて夜中から朝までかけて周りを探しても、結局行方はわかりませんでした。


 駐在が市や県の方へ連絡してくれてあったので、朝には人を増やして山の方も捜索して貰うこととなったそうです。そこで長田さんたちも一旦解散して、少し休もうということに。ただ、そこはやっぱり子供の親ですからね。心配でたまらなかったんでしょう。私のところに連絡がきたんです。何か知らないか、って。


 ええ、傍から見たら滑稽かもしれませんね。後輩とはいえ、私みたいなオカルト系の話が中心の編集者に相談してくるなんて。正直、ちょっと戸惑いました。


 でもね、長田さん、真剣だったんですよ。こういう行方不明、――私たちの分野カテゴリで言うと「人さらい」――の話について何かわかる事は無いか、って。昔から生真面目な性質でしたからね。何かしていないとんでしょうね。


 その時は一般論というか、当たり障りのない話をして通話を切ったんです。でも、直接話を聞かせてくれないかとLINEが入りまして。これは相当参ってるなあ、と思いましたよ。


 そこで、とりあえずの仕事が片付いた日に、車を飛ばして行ってきたんですよ。ええ、ぶっちゃけ、私が行っても役に立つ事なんてなにも無いんですけどね。気を紛らす話し相手にくらいにはなるだろうと思いまして。


 夕方過ぎに到着した私を迎えた長田さんは、なんだか気まずそうな顔をしていました。どうしたんだろう。心配していたような切迫した感じではないな、と思ったのをよく覚えています。


 その理由はすぐにわかりました。私が到着した日の朝方に、娘さんは何事もなかったかのように帰宅していたのです。特に異常もなく、ケロっとして。


 ええ。拍子抜けしたのは確かです。ですが、娘さんが無事に帰ってきたのであれば何よりです。正直な所、無駄足だったかなとも思いましたが、ここだけの話にして下さいね。


 リビングに通され、長田さんも笑いながら謝ってくれたりして、安堵している様子でした。そのまま帰るのもなんですから、学生の頃の話ですとか、他愛もない話をしているうちに夜も更けてきました。


 長田さんは是非泊っていって頂戴、と言ってくれるのですが、疲れもあるだろうし、悪いじゃないですか。渋っていたんですが、迷惑をかけたし、お酒も飲めるからいいじゃないの、と、押し切られるような格好で泊っていく事になったんです。


 お風呂をいただいて、旦那さんも交えて一杯いただいていると、娘さんがおやすみの挨拶に来て、ぺこりと頭を下げて自分の部屋へと戻っていきました。礼儀正しくて可愛いなあ、なんて思っていたら、長田さんが少し複雑な顔をしてたんです。


 どうかしたんですか。やっぱり、まだ心配なんですか。と聞いたら、笑って首を振って言うんですよね。


 ――ううん。心配というか、悪かったなあって。あの子、お客さんに挨拶にくるようなタイプじゃなかったのよ。帰ってきてから、なんだかちょっと大人びたみたいで。何か心境の変化みたいのがあったのかな。本当はまだ、怖いんじゃないのかな。甘えたいんじゃないのかな、無理させてないかなあ。お祭りの時、ちゃんと一緒にいなくてごめんねって。


 旦那さんの方も軽く頷いてたんですよね。それで、気になって聞いてみたんです。


 娘さん、いなくなってから何日後に帰ってきたんですか、って。そしたら、


 ――ええと、3日とちょっとになるのかな?


 って。


 3日。72時間。災害発生時や遭難時に「72時間の壁」と言われている時間ですよね。もし事故や災害に巻き込まれていた場合、人の体力などの限界が72時間。それ以降は生存率がガクッと下がると言われている時間です。


 72時間以内に見つけてあげられれば、まずは安心というひとつの目安となる時間です。――でも、72んです。別の可能性が出てくるんです。


 ええ、そうなんです。娘さんは、娘さんではないかもしれないんです。

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