沸騰する祭×去らない熱
吉岡梅
山間の夏祭り
先日、学生時代の先輩の
長田さんは静岡市の北の方、俗に
その地域でお盆休みに夏祭りをやったそうです。おまちのような大きなお祭りというわけにはいきませんが、いくつか屋台も出して、盆踊りに花火もやって、こじんまりとはしていますが、熱気のある楽しいお祭りだったみたいですよ。
そのお祭りの晩、長田さんの娘さんの行方がわからなくなってしまったんです。
娘さんは小学3年生。友達と一緒にお祭りに行ってくると出かけて、そのまま帰ってこなかったそうです。帰りが遅い事を不審に思った長田さんが、娘さんの友達に連絡を取ったところ、確かに一緒に屋台を回ったが、普通に手を振って別れた、と。
すぐに駐在と町役場に相談して町内放送もして貰ったものの、まったく手がかりは見つからず。有志を集めて夜中から朝までかけて周りを探しても、結局行方はわかりませんでした。
駐在が市や県の方へ連絡してくれてあったので、朝には人を増やして山の方も捜索して貰うこととなったそうです。そこで長田さんたちも一旦解散して、少し休もうということに。ただ、そこはやっぱり子供の親ですからね。心配でたまらなかったんでしょう。私のところに連絡がきたんです。何か知らないか、って。
ええ、傍から見たら滑稽かもしれませんね。後輩とはいえ、私みたいなオカルト系の話が中心の編集者に相談してくるなんて。正直、ちょっと戸惑いました。
でもね、長田さん、真剣だったんですよ。こういう行方不明、――私たちの
その時は一般論というか、当たり障りのない話をして通話を切ったんです。でも、直接話を聞かせてくれないかとLINEが入りまして。これは相当参ってるなあ、と思いましたよ。
そこで、とりあえずの仕事が片付いた日に、車を飛ばして行ってきたんですよ。ええ、ぶっちゃけ、私が行っても役に立つ事なんてなにも無いんですけどね。気を紛らす話し相手にくらいにはなるだろうと思いまして。
夕方過ぎに到着した私を迎えた長田さんは、なんだか気まずそうな顔をしていました。どうしたんだろう。心配していたような切迫した感じではないな、と思ったのをよく覚えています。
その理由はすぐにわかりました。私が到着した日の朝方に、娘さんは何事もなかったかのように帰宅していたのです。特に異常もなく、ケロっとして。
ええ。拍子抜けしたのは確かです。ですが、娘さんが無事に帰ってきたのであれば何よりです。正直な所、無駄足だったかなとも思いましたが、ここだけの話にして下さいね。
リビングに通され、長田さんも笑いながら謝ってくれたりして、安堵している様子でした。そのまま帰るのもなんですから、学生の頃の話ですとか、他愛もない話をしているうちに夜も更けてきました。
長田さんは是非泊っていって頂戴、と言ってくれるのですが、疲れもあるだろうし、悪いじゃないですか。渋っていたんですが、迷惑をかけたし、お酒も飲めるからいいじゃないの、と、押し切られるような格好で泊っていく事になったんです。
お風呂をいただいて、旦那さんも交えて一杯いただいていると、娘さんがおやすみの挨拶に来て、ぺこりと頭を下げて自分の部屋へと戻っていきました。礼儀正しくて可愛いなあ、なんて思っていたら、長田さんが少し複雑な顔をしてたんです。
どうかしたんですか。やっぱり、まだ心配なんですか。と聞いたら、笑って首を振って言うんですよね。
――ううん。心配というか、悪かったなあって。あの子、お客さんに挨拶にくるようなタイプじゃなかったのよ。帰ってきてから、なんだかちょっと大人びたみたいで。何か心境の変化みたいのがあったのかな。本当はまだ、怖いんじゃないのかな。甘えたいんじゃないのかな、無理させてないかなあ。お祭りの時、ちゃんと一緒にいなくてごめんねって。
旦那さんの方も軽く頷いてたんですよね。それで、気になって聞いてみたんです。
娘さん、いなくなってから何日後に帰ってきたんですか、って。そしたら、
――ええと、3日とちょっとになるのかな?
って。
3日。72時間。災害発生時や遭難時に「72時間の壁」と言われている時間ですよね。もし事故や災害に巻き込まれていた場合、人の体力などの限界が72時間。それ以降は生存率がガクッと下がると言われている時間です。
72時間以内に見つけてあげられれば、まずは安心というひとつの目安となる時間です。――でも、72時間経過後に見つけた場合、それも、ほぼ無傷で見つけた場合というのは危ないんです。別の可能性が出てくるんです。
ええ、そうなんです。娘さんは、娘さんではないかもしれないんです。
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