「夜中に行くコンビニが一番楽しいし、なんかエモい気がするのは私だけ?」
「シュークリーム食べたい」
午後9時。
唐突に私が言うと、家でも仕事をしていた限界OLの結花ちゃんは、パソコンをカタカタしていた手を止めた。
こっちに意識を向けてくれたから、これはチャンスだと滑り込んで膝枕の形を取れば、ため息まじりに見下ろして頬を触られる。
「猫ちゃんみたいなことして……なに?」
「シュークリーム食べたいの」
「太っちゃうよ〜、いいんですか〜」
人をおちょくる口調で顎の下をこちょこちょしながら嫌なことを言ってくる相手には笑顔を返して、素直にうんと頷いた。
「太ってもいいの。食べたいの」
「いいよ。じゃあ行こ」
「いいの?」
「うん。いいよ」
「仕事は?」
「資料作んのは帰ってからする。…こんな時間にひとりで出かけるの心配だから」
「やさしー……神」
ということで、心優しい結花ちゃんを連れてコンビニへ向かうことに。
徒歩3分もかからない場所にもあるけど、今日はなんだかお散歩もしたい気分だったから、少し離れたコンビニへと行くことにした。
「……冬の旅行さ、どうする?」
歩きながら、何気なく結花ちゃんの方から話題を出してくれたから、私はそれに乗っかって「うーん」と悩ましく喉を鳴らす。
「どこ行こうねぇ…」
そこからどこへ旅行するか話しつつ、なんとなくお互い離れないように手を繋ぐ。
たまに人が通ったり、自転車が来たりした時だけ気恥ずかしさから手を離しては……また人が居なくなったら握り合う、を繰り返して歩くこと十数分。
旅行の話も終わりを迎え、ちょうどその頃コンビニへと辿り着いた。
握っていた手は店内へ入る前に離して、目的のシュークリームを探しに甘味コーナーへと橋を運ぶ。
「あった。これこれ」
「私も食べようかなぁ、甘いの」
「いいよ、買う?付き合ってくれたお礼に奢るよ」
「いいの?…じゃあ、買っちゃお」
私はシュークリームひとつ、結花ちゃんはバニラアイスとカフェオレを持ってレジへと向かう。
お会計は私が払って、コンビニを出てすぐさっそくシュークリームの封を開けた。
袋から半分だけ取り出してかぶりつけば、中からはとろりとしたカスタードクリームの甘さと、生地のふかふかシュクシュク食感が口の中いっぱいに広がる。
「……ん!うまい〜」
「おいしい?…よかったねぇ」
「結花ちゃんも食べる?」
「たべる!」
ついてきてくれた結花ちゃんにもお礼に食べさせて、代わりにカフェオレを一口貰う。
「うま!…シュークリーム久々食べた」
「歩きながら食べるのもまた……いいんですわ」
「わかる。夜の散歩ってなんかエモいよね」
「それ。エモ」
段々と口数も減ってくるけど、それさえも居心地がいい。
食べ終わったら貰ったコンビニの袋にゴミはちゃんと捨てて、また自然と手を繋ぐ。
途中、夜空を見上げて……私が月を指さしたら、彼女もつられて空を仰いでいた。
「あ。月……隠れちゃった」
「今日は曇りだからねぇ」
「……もう、夏も終わっちゃうね」
「だいぶ涼しくなったもんね」
蝉ではなく、鈴虫が泣くようになってきた夏の終わり。
もう随分と湿気もなくなり、風の温度も落ち着いてきて肌寒くなってきた秋の始まりを肌で感じながら、手のひらには相手の高い温度が伝わる。
どんなに季節が巡って気温が変わっても、この体温だけは変わらずあったかい。
……結花ちゃんは、子供体温なんだ。
だからこんなにも、外が寒くなってきても温かいまま、私にぬくもりを与えてくれる。
…顔も赤ちゃんぽいし、もしかしたら前世では私の娘か何かだったのかもしれない。
「前世って、信じる?」
「うーん……あるとは思ってるけど、正直あんま…あっても意味ないかな」
感傷的な私とは違って、どこまでも現実的な答えを貰って思わず吹き出すように笑う。
「ははっ、そっか。だよね」
私は前世でも出会ってたらいいな、とか思うけど……結花ちゃんは違うみたい。
それはきっと彼女が“今”を生きている証拠で、前世なんかなくてもそれだけ現世が楽しいってことだろうから、いいことだ。
モヤのかかったような月を見上げて、感嘆と頷く。
「今日も月が綺麗だなぁ…」
「隠れちゃってるけどね」
「私の心の目には見えてる。綺麗な月が」
「……明日、死んでもいいかもね」
「うーん……実に文学的で良い返しだ」
そんな会話を経てお互い笑い合って、帰りは少し遠回りをして帰った。
家に帰ってからは、仕事の続きを始めた結花ちゃんの傍ら、私は先にシュークリームを食べてしまったことを後悔しながら今これを書いている。
2000文字まであと200文字くらいかぁ……どうしようかな、なんて思考で文字数を埋めて、この話をどう終わらせようか模索中である。
私は筆が早いらしい。そういえば他の作家さんに褒められた。起きたことを物語にまとめて数十分足らずで投稿する。そんな事をできるのもまた才能である、と。
あれは嬉しかったなぁ。
話を戻して。
せっかくなら感動的に、エモい感じで終わらせたいかな。
……と思うけど、現実はそううまくいかず。
「あきちゃん」
「んー?なに」
「洗濯物手伝って」
「いいよー」
仕事でイライラした結花ちゃんにお願いされて、スマホの画面をそっと閉じる。
ここから先はご想像におまかせしよう。
と……バツンと遮断する形で、私はこのお話を無理やり終わらせるのだった。
とある百合小説家のひとりごと。 小坂あと @kosaka_ato
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