「たまにめっちゃ嫉妬してくるけど、あなたにとって私はなんなの」



















 私は基本、引きこもりである。


 が、それは小説にリソースを割いているだけで、友人がいないから出かけないというわけではない。


 言うなれば、選択的引きこもりである。


 なので当然、友人からのお誘いがあれば外に出かけたりも普通にする。


 ちなみに結花ちゃんは、ブラック企業勤めで休日はクタクタで、私とは違い体力切れの限界OLによる必然的引きこもりである。


 そんなふたりの休日。


 その日は私が遊びに行く予定で、朝から面倒な着替えや軽い化粧を済ませて、約束の時間にちゃんと間に合うよう家を出ようとしたら。


「どこ行くの」


 結花ちゃんに引き止められてしまった。


「私を置いて……どこ行くんですか」


 ぶすくれた顔で言ってきた彼女は、答えるまで離さんと言わんばかりに抱きついてくる。


「昨日言ったじゃん。友達とデート」

「私の時はそんな格好しないじゃん」

「する時はするよ。多分。…ほら、離れて。もう行くから」

「や」


 まるで幼児の如く拗ねた顔で離さない手を、どう離してもらおうか考える。


 ここは必殺くすぐり攻撃でもかまそう……と思ったけど、先に読まれて手首を捕まえられてしまった。これはなんとも高度くだらない心理戦たたかいである。


「ねぇーえ、遅刻しちゃう」

「やーだ。行かないで」

「なんでよ」

「だって……さびしいんだもん。私も一緒に行く」

「はぁ……友達に聞いてみるよ」


 ここまでが大体、いつもの流れである。


 ここから先は、友人が許してくれるかどうかで決まるのだが……幸か不幸か、私の周りは心優しい人達ばかりで。


 連絡を送ってすぐ『いいよー』と許しをもらえた。


 だから結花ちゃんの着替えを待つこと数分。


 今日は時間もないからすっぴんで行くという彼女を連れて、友人との待ち合わせ場所に向かった。


「うまく話せるかなー…」

「大丈夫、優しい子だから」

「人見知りしちゃう」

「そのわりに、毎回来たがるよね。なんで?」


 聞けば、彼女は照れた顔で唇を尖らせた。


「……気になっちゃうの」


 どうやら、私のよそ行きモードが見たくて仕方ないらしい。あと交友関係を知りたいんだとか。


 彼女が恋人であったなら、けっこうなソクバッキー(死語)だよねとか思いながら、運転してもらうこと数十分。


 待ち合わせの場所に辿り着き、無事に友人との会食を終えた。


 食事中、結花ちゃんは人見知りというわりにばんばか話をしていて、あれやこれや言いたくないことまで言われたことは根に持った。


「ふたりって……いつから付き合ってんの?」


 途中、友人からそんなことも聞かれた。


「付き合ってないよ」

「あきちゃんのガードが固くて」

「またそうやって……誤解されることばっか言う。この人」

「……ほんとに付き合ってないの?」

「ないない。ありえない」


 手をプラプラ振って否定しても、友人は訝しげに見つめてくるだけで、信用してないことは伝わった。


「逆になんでそう思うの?」

「だって、あきのタイプまんまじゃん」

「はぁ?」

「自分より背が低くて、むっちり体型の女」


 言われてみれば……確かに。


 背が高いわけでもない私より低い背丈の女なんてそうそういなければ、結花ちゃんはちょっとぽっちゃりした……物を美味しそうに食べる女。


 隣を見れば、なんで今まで気付かなかったんだろうってくらい好みの女がそこにはいた。


「……うーん。無いわ」


 が、どこまでも友達の域を出ないのはどうしてなんだろう。


 自分でも不思議なくらい胸がときめかない。こんなにもタイプの女と、常日頃一緒にお風呂に入ってみたり同じベッドで寝てるっていうのに。


 もはや恋心通り越して愛なのかもしれない。恋愛の愛じゃなくて、家族的な意味合いの。


「てか、結花ちゃんのタイプは?どんな人なの」


 そこで友人が、さらに気になる質問を投げた。


「清潔感があって、ありがとうとごめんなさいが言えて……常識がある人」

「ほとんどの人間それじゃん」

「いやいや。なかなか居ないのよ、意外と」


 彼女の好みはどこまでも普通で、私が該当するようなドンピシャなものじゃなかったことには心のどこかで安堵する。


 だって、いよいよ相手の好みまでも自分に近いものだったら……付き合う未来しか見えないから。


「ぶっちゃけ、あきちゃんと付き合ったら相性いいだろうなって思うよ」

「なにそれ初耳」

「夜の相性?」

「いやいや、夜は分かんないけど……お互い甘えたり甘えられたり適度にできるし、喧嘩しても最後には必ず仲直りできるし?」

「あ~……確かにね」


 その点は、私も同意だった。


「でも多分……恋人じゃないからできるんだと思うよ、そういうの」

「どういうこと?」

「恋人ってなるともっと距離近くなったり、期待したり……それでダメになる未来が見える」

「……それがなかったら、私と付き合ってくれるの?」


 あくまでも親しき仲にも礼儀ありって話をしたかっただけなのに、横から顔を覗き込まれて面食らう。


 この女、結花ちゃんはこういうところがある。


 無自覚でモテ動作をしてしまうというか、その気がないのに相手に変な気を持たせることをたまにさらりとしてしまう。


 私は一番の親友で、そばでずっと見ててそれが分かってるからドキドキもしなければ、変な期待もしないで済むんだけど……


「結花ちゃんってさ、あきのこと好きなの?」


 友人は違う。


 予想通り盛大な勘違いを食らって、結花ちゃんは慌てて「違う違う」と否定していた。


「こういうノリなの、ごめんね」


 そう、ほんとにただのノリである。


「それにさ、理想じゃないよね。なんか」


 だから気にせず話を進めて、友人もあまり気に留めず私の話に耳を傾けてくれた。


「理想のタイプと、実際にキュンとくる相手は違うっていうか」

「それめっちゃわかる」

「だよね。…だから、結花ちゃんはそういうんじゃないよ。確かに理想に近いけどさ」

「そうなのかー……なるほどね」


 こうして、好ましくない誤解も解け……帰り道。


「あきちゃんは、私のこと好き?」

「メンヘラ?…好きだよ」

「どこが好き?」

「メンヘラだ。…全部好き」

「ならいいの。ありがと」


 なにやら自分が一番の親友であると再確認したくなったらしい彼女にそんなことを聞かれて、これが恋人でないなら何なんだろう…と自分でも思った。


 結花ちゃんにとって、私はなんなんだろう?


 考えなくても分かる答えは、考えなくても分かるから考えないで終わるけど……考えないと、分からない時もある。


 うーん、哲学。


 やっぱり、結花ちゃんは哲学だ。


 そして私も、彼女にとっての哲学なんだろう。















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