「恋人感なくない?も何も、恋人じゃないんだけどっていうのは野暮なんですかね」
ある日のこと。
「トキトキしたい」
結花ちゃんが、そんなことを言い出した。
「ドキドキ…じゃなくて?」
「うん、トキトキ」
「色んな意味でなんで?」
「なんか、こう……ドキドキってほどじゃないけど、キュンキュンはしたいの。だから間を取ってトキトキ」
「どことどこの間を取ったらそうなるの…?」
疑問は尽きないが、まぁ要はドキドキしたいって意味でおおよそ合っているようだ。
とはいえ、私達は恋人でも何でもない。
故に、ドキドキも何も、ときめきなんて生まれる方がおかしな関係性である。
なのに、結花ちゃんはドキドキしたいと言う。
やはり彼女は生きる哲学である。…ジレンマとも言うかもしれない。そういうとこが魅力的で、好きではある。友として。
「イチャイチャしたい…って、こと?」
「そうとも言う」
「そうとも言うんだ…」
「なんかさー、キュンとしたいんだよね。恋人っぽい感じで」
「うーん……じゃ、とりま壁ドンでもしよっか。恋人ちゃうけど」
「え!してくれんの」
「まぁ……壁をドンとするだけだから」
と、いうことで。
さっそくダブルベッドの上、ちょうど結花ちゃんが壁際に居たから挟むようにして壁に手を当ててみた。
「……どう?」
「俺の女になれよ…とか言ってみて」
「俺の女になれよ」
「キモい」
「え、これ今このままぶち犯してもいい流れ?」
「それはちょっとキュンポイント高い」
「なんだ、ただのドMか…」
私もドMだから、これには同族嫌悪でドン引きして、壁からそっと手を離した。
「でもよくよく考えたら、壁ドンって近所迷惑だからやめたほうがいいよね」
「……やってから言う?それ」
「壁ドン以外にさ、なんかやってよ。トキトキすること」
「えー……顎クイは?」
「さっきからちょっと古いの、おばさんくさくて嫌かも」
「……そろそろ一発ぶん殴りたいかも」
「違う方の一発ならいいよ」
「いいんかい」
明日が休みだからか、今日はやけにテンションのおかしい結花ちゃんにはため息を返して、この流れをどう変えようか悩む。
このままだと……ほんとに一発しちゃいそうで。
それはなんとしてでも避けたいところ。なぜなら私は、彼女と一線を越えるつもりだけはないから。
「……しちゃう?」
なのに、相手は人の服を引っ張って可愛らしく声を出した。
不意打ちのそれにキュンとしたのは内緒で、口が裂けても言えなくて、とりあえず裂けないように口元を覆い隠す。
「しないよ、ばか」
「ちぇ。そろそろ一発くらい良いと思ったのに」
「しないってば」
「でもなんか、もっと恋人感ほしいっていうか…」
結花ちゃんはたまに、こういう冗談を何気なく言う。相手にどう思わせるか自覚なく言ってしまう。
「そういう冗談ばっか言ってさー……私が乗り気で返しちゃったらどーすんの」
そういうことになっちゃうかもよ、そうなったら気まずいかもよって意味合いも込めて言えば、結花ちゃんはへらりと笑う。
「あきちゃんは理性的だから。絶対ないよ」
どうやら彼女の中で、私は相当……信用に値するくらいには自制心が働く人間と思われてるらしい。
実際は全然そんなことなくて、私だってたまには性欲に突き動かされ間違いを犯すことだってある。具体的には、ここでは言えないけど。
結花ちゃんにとって、そのくらい安心できると思われてるのは嬉しいし、ありがたいことだけど……これは、ちょっとまずいかもしれない。
「結花ちゃんさ」
「うん」
「私にも、性欲はあるんだよ」
「?…うん」
忠告しようと口を開いたけど、彼女はよく分かってない顔をする。
だから分からせるために無防備な相手の手首を持って、壁際へと追い込んでみた。
「油断しすぎも、良くないよ」
そこでようやく、伝わってくれたようで。
「うーん……今のはトキトキ超えてドキドキ」
「なんだそりゃ」
「胸キュンポイント高かった」
「それはよかった」
私の真剣な思いを汲み取ってくれたのか、はたまた満足したからなのか……彼女はその日、ぐっすりと隣で安眠をかましていた。
もちろん、私も彼女に対してムラムラするなんてことはなく。
忠告したわりに穏やかな心音を保ったまま、眠りについたのであった。
そしてまた後日。
「この間のあきちゃん、めっちゃタチってたよね」
「ん?なに、急に」
「あきちゃんってさ……タチ寄りリバなのになんでドMなの?」
「タチでもネコでも、焦らされるのが好きだから」
「タチで焦らされるって……どういうこと」
話題は私の性癖の話となり。
「触りたいのに、触っちゃだめとか言われるあの感じがたまんないんだよ。分かる?我慢して、とか言われたい。くぅ……そういう人おらんかな、まじで。誘い受けって小悪魔超えて魔王だから」
「……あきちゃん、たまにめっちゃ性癖歪んでてキモいよね」
「いや普通だって。みんなこんなもんでしょ」
拗れに拗れた私の性癖は、結花ちゃんには理解してもらえなかった。
だけどこの気持ち、分かってくれる人は絶対にいるはず。
触られる側で、とにかく焦らされたり言わされたりすんのって最高……ってことを。
いずれ同士と出会う日を夢見て。
私はその日も心穏やかに、血迷うことのない結花ちゃんの隣で眠っては、夢の中でも妄想を捗らせるのであった。
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