その世界に落ちた物語(旧)
丹楊タカネ
滅び忘れ、捨てられた世界の断片
プロローグ
ここはどこだろう?
変わり映えのしない見慣れた光景から一変、気がつくと不思議な場所にいた。
見渡す限りの全てが水に覆われて、空や山を鏡のように映し出した鏡面絶景。
ネット画像や写真誌などでしか見たことのない光景に開いた口が塞がらなくなる。
更に水面に映る絶景から視線を上げ空を見上げれば、そこには水面の鏡に映った光景そのままに、空に浮かぶ小島や見たことのない鳥、クジラのような生き物が悠々と空を泳いでいた。
「すごい……」
あまりに現実離れした光景に言葉が溢れ、空を飛び回る鳥を追って後ろに振り返る。
「……っ」
鳥を追う目が止まり、その先の空に広がる新たな絶景に息を呑む。
先程見た鳥やクジラを始め、更に多くの見たことのない生き物が空を飛び、更に別の大きな島々が浮かんでいた。
更に遥か向こうの空には天地が反転したように、こことは全く異なる大地が空を埋め尽くしていた。その大きさは遠く離れたこの場所からでも見えるほどで、それだけでどれほど巨大なのかがわかる。
「夢……じゃないか」
夢でも見ているのではないかと思い頬をつねってみるが、少し痛いだけで目覚めるといった感じはしない。
つまりこれは現実、もしくは痛覚のある夢なのだろうと納得する。
「はははっ、もしそうならとてもいい夢だ」
笑みを溢し、他にはどんな絶景が広がっているのかとワクワクと興奮が湧き上がってきていた。
「……ん?」
するとその時、ふと何かを感じて周りに目を向ける。しかしここには自分以外誰もおらず、空を飛んでいる以外、生き物らしき姿もなかった。
……気のせいかな? そう思った時……
「っ!」
今度は弾けるようにバッと振り返る。しかしそこにも何もなく、水面の地が広がっているだけだった。
「なんだ、これ?」
どんなに辺りを探しても自分以外誰もいない。そのはずなのに、何故か先程から誰かに呼ばれているような気がする。
それは途切れることなく等間隔に続き、次第にそれが声ではなく、直接心に語りかけてきているような、そんな不思議なものであることに気がついた。
どうしてそう思うのかは自分でもわからない。けどどうしてか、その〝声〟を無視することができず、気づけば〝声〟の元へと誘われるように歩き出していた。
ピチャ、ピチャ、ピチャ……
水面の上を真っ直ぐ進む。理由があるわけではないが、このまま真っ直ぐ進めば〝声〟の主の下に辿り着けると、そう確信に似た何かがあった。
それはそうと今更だが、どうして水面の上に立って、そして歩けているのだろう?
それとどうしてか、記憶にノイズのようなモノがかかり、ここに来る前のことを思い出せない。
何をしていたっけ? 確かいつものように起きて、朝食を食べて支度を済まして、自転車に乗って仕事へ行こうと家を出て、そして……
「……ダメだ、思い出せない」
家を出たところまでは覚えている。しかしそれ以降に何があったのか、そこが思い出せない。
でも何かがあった。それだけは間違いないと断言できる。
何があって……何が起きたんだろう?
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どれくらい歩いただろう?
体感でしかないが、多分十数分以上は歩いていると思う。しかし見えている景色は変わっておらず、歩き出した時のままだ。
こんなに歩いても変わらないほど巨大で、そしてとても遠く離れているのか、それとも何らかの理由で進めず、その場で足踏みしているだけなのか……
それに〝声〟の主との距離も一向に縮まる気配がなく、いったいあとどれだけ歩けばいいのか、そもそも本当にこのまま進んでいればいいのかと不安が積もっていく。
確信に似た何かがあったなど、ただの勘違いだったのだろうか?
そう思い始めた時……
「……え?」
少し離れた先にいつの間にか一人の人物が立っていた。
ボロ布のようか物を纏っており、背丈からして子供、それも女の子だと思うが、それ以上にいつからそこにいたのかと疑問が過ぎる。
ずっと真っ直ぐ進んでいたから進行方向にいれば絶対に気づいている。途中から現れたのだとしても、周りに目を向けながら進んでいたからそれも気がついたはずだ。
なのに気がつくとそこにいた。
(誰なんだ、あの子?)
少女が誰なのかと思う一方で、この子ならここがどこなのか知っているのではないかと思い、声をかけようと歩み寄ろうとした。
しかしその歩みは、一歩踏み出した所で止まった。
「っ?!」
一歩踏み出した瞬間、少し離れた場所にいたはずの少女がすぐ目の前に立っていた。
突然のことに微動だにできず、目だけを動かして少女を見下ろす。
すると少女もこちらを見上げるように顔を上げ、虹色のような鮮やかな瞳で見つめてきた。
『……』
「……」
お互い無言のまま少しの間見つめ合う。
いつの間にか現れ、踏み出した瞬間に目の前にいたことに驚きと不安が込み上がってきたが、それ以上にとても安心するような、そして落ち着くような、そんな不思議な感じがした。
そして気づいた。先程から途切れることなく聞こえていた〝声〟が、彼女のものであると。
君は誰? そう言葉にしようと口を開きかけた時、少女の人差し指が口元に添えられ、代わりに彼女が口を開いた。
『……ごめんね』
「……え?」
目の前にいるのに、まるで周りから響いてくるような不思議な声で彼女は謝罪の言葉を口にした。ごめんね。何が? 彼女は何を謝っているのだろうと首を傾げる。
すると少女の瞳が一瞬光ったように見え、それを目にした途端、記憶にかかっていたノイズのようなモノが少しずつ解かれていき、ここに来る前の出来事が蘇っていった。
「……あ」
硬直はいつの間にか解け、何が起きたのかを思い出した瞬間、頬に一筋の涙が零れ落ちた。
「そうか、俺……死んだんだ」
自転車に乗っていつもの順路で職場へと向かおうとしていた時、途中にある十字路の道路を横断していた所で突然意識を失った。
意識は一瞬で目覚め、最初は何が起きたのかわからなかった。目覚めるとそこは横断していた場所から少し離れた所で、横断していた場所には倒れた自転車と、半分上がなくなった人の下半身があった。
それが最初誰の下半身なのかわからなかったが、少ししてそれが自分の下半身であることに気がついた。
周りにいた人達も最初は何が起きたのかわからず硬直していたが、少しして一斉に悲鳴を上げ、誰も彼もがその場から遠かった。
(うるさいな……)
悲鳴や叫び声が耳によく響いていた。辺りの地面に赤い染みが広がり、同時に薄れていく意識に身を委ね、ゆっくりと瞼を閉じた。
死んだことに悔いがあっても、恐怖は湧かなかった。突然のことだったが痛みなどはなく、意識が薄れていくのも強い眠気に負けて眠ってしまうのと同じようなものだったからか、そういった感じはなかった。
「もしかして、君が?」
頬を伝う涙をそのままに彼女に聞く。すると少女は小さく頷き、目線を上げてこちらを見つめながら再び謝罪の言葉を口にした。
『本当にごめんね、お兄さん』
「……うん、いいよ」
ここは怒るところなのだろう。でもそんな気は起きなかった。
どうしてかわからないが、あれはワザとではなく事故によって起きた出来事で、彼女にその気はなかったと、そして深く反省していると、何故かそう感じ取れた。
今は聞こえなくなった〝声〟が原因なのか、それとも別の要因なのか、または勝手にそう思っているだけなのかわからないが、彼女を許してあげようと、そう思えた。
『……ありがとう』
少女もこちらが怒る気はなく、許していることを感じ取ったのか、表情が少し綻ぶ。
だがそれでも自分が許せないのか、少女は表情を硬くし、少しして口を開いた。
『でも、ボクのせいでお兄さんが死んじゃったのは変わらない。だから、代わりに新しい身体をあげる』
「新しい、身体?」
少女は勇気を振り絞るようにそう言うと、手を伸ばしてこちらの胸に触れる。
すると瞳と同じ虹色の光が手のひらを中心に周りに広がり、それが身体を包んでいく。
「っ!」
『大丈夫。安心して』
動揺するこちらの様子に微笑みを浮かべて安心するように言うと、より光は強くなり、身体を完全に包み込んでいった。
その光に包まれても不安や恐怖といったものは感じず、寧ろ先程よりも強い安心感や落ち着きといった、とても不思議な感覚に包まれるような感じがした。
そして暫くすると光は収まっていき、完全に光が消えると少女は伸ばしていた手を下ろす。
それに合わせて少しずつ意識が遠のいていくのを感じ、程よい眠気が襲ってきた。
『これでよし。あとは眠っている間に身体の構築は完了するから。それとお詫びの一つとして、ボクの〝 〟の一部を、キミにあげる』
(一部? なんて言ったの?)
少女の言葉の一部分だけが聞き取れず、何と言ったのかと聞き返そうとしたが、意識が更に遠のいていき、言葉を口にすることができなかった。
『それじゃあ、またね、お兄さん……今度は、ゆっくりお話しようね』
その言葉を最後に意識が完全に途絶え、暗闇の中へと落ちていった。
◆*◆*◆*◆
「……っ」
目を覚ますと視界いっぱいに広がる青と、白いモコモコとしたものが映り込んだ。それが空と雲であることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
「ここは……?」
身を起こして周りを見回す。そこは草原の一角で、至る所にほとんど形を失った石造りの建築物があった。
立ち上がって改めて見回していると、少し行った先に丘があるのが見え、何気なくそこへ向かってみようと歩き出す。
「うぁああ……!」
丘の手前まで進み緩やかな坂を登ったその先には、今まで見たことのない光景が広がっていた。
ここからでも見えるほどの広大な緑と肌色、岩山、木々、建物らしき物など様々。
そして遥か向こうには、空を穿つかのように巨大な何かが薄っすらと見えていた。
その世界に落ちた物語(旧) 丹楊タカネ @barubana
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