第2話 出会い

日々の業務も落ち着いて回せるようになり、生活にもようやくリズムができてきた。

海外での業務は基本的に残業がないので、就業後の夜の時間も比較的長く自由である。

バンコクには日本料理店が数多く存在し、毎日別の店に通っても飽きることはないが、私の場合は基本的に夕飯を手作りするタイプである。

なぜならば、自分が好きなものをたくさん食べたいからだ。

食材に関しては、日系のスーパーマーケットをはじめ、欧米資本のスーパーマーケット、日本でもおなじみのコンビニエンスストアなど、肉類魚類はもちろん野菜やフルーツなども豊富に揃っている。

通常の給与の他に海外出張手当があれば、多少価格の高い日系や欧米系スーパーマーケットで買い物を継続していても、さほど財布が痛い思いはしない。

また日本好きの国民性から、デパートのイベントホールでは北海道展なども開催されていることがある。

週末などはこのように自炊生活ではあるが、平日になると現地駐在員との飲み会や、日本からの出張者のアテンドなどで、夕食が一次会、二次会と続くことがある。

今夜も駐在員との打ち合わせの後、軽く飯でも食おうという話になり、プロンポンでタイスキを食べたあと、二次会はタニヤに繰り出した。

バンコクは大人の夜遊び場所探しには苦労しない。

タニヤにはカラオケスナックやショーパブなど、主に日本の繁華街で目にするようなサービスを展開する店舗が並んでいる。

店の外にはきつめのワンピースを着た女性たちが大勢で呼び込みをしている。

品定めをしているのはだいたい日本人の男性である。

気に入った子がいたらそのままついていけばいい。

料金の交渉は店に入る前に完結させてしまう。

日本の繁華街のように危ないキャッチがいてぼったくりバーに連れて行かれるようなことはない。

ぼったくりなどがあろうものなら、そういった情報は駐在員間で企業の枠を超えて瞬く間に広がり、早計潰れることになるからだ。

バンコクで日本人駐在員がよく行く遊び場としては、タニヤとその隣のパッポン通り。

少し離れて、欧米人がたむろするナナ駅周辺、それから日本人が大勢住んでいるプロンポン駅近辺のカラオケスナックなどとなる。

今夜は現地法人の社長が行きつけのタニヤのカラオケスナックで遊んだ。

この店は少し値は張るが、ほぼ毎回社長の交際費で処理してもらっている関係で、自分の懐を痛めることはなかった。

ここには日本語が通じる子、英語しか通じない子、今後も英語もダメでタイ語しか通じない子など、コミュニティレベルも多様化している。

日本語を話す子は、もともと日本に興味がありこのような店で会話能力を向上させている。

英語を話す子については普段から欧米人にも接しているのではないかと思うほど英会話能力が非常に高い割合が多い。

私はたまにしか来ないこの店では、日によって英語を話したり日本語で話したり、その日の気分や疲労度によって変えていた。

このような店ではだいたい女性はタイトなワンピースで横に座ってくれるが、恋愛対象になるかと言うとそういうことにはならない。

なぜなら私が好きなタイプの女性がいないからである。

タイ人はもともとこの地に住む少し肌の色の濃い人種と、中国から溢れ出た色の白い人々で構成されている。

また、若干のフランス人も住んでいたりする。

フランス系とチャイニーズ系のハーフなどは美貌という名がふさわしい。

またロシアとの国交関係もよく、観光できてそのままバンコクに居ついてしまった美形ロシア人女性なども数多くいる。

ただこれら欧州・ロシア系美女に巡り合うことはまれで、日本人相手の多くの夜の店では、地方から出稼ぎに来ている浅黒い女性が多い。

私の嗜好は彼女たちに向かないのである。

今夜も一通り飲んで騒いで場を盛り上げ、お開きになった。

車で待っているナリスに電話でピックアップを頼み、店の前で涼んでいた際に、ひとりの女性が私の目の前を通り過ぎた。

色白で小柄な女性は今私が出てきたビルのいずれかの店にこれから入っていくところだった。

「ちょっと」

私は自分でも意図しない動きをしていた。彼女を呼び止めていた。

「君の名前は?」

「ノックです。」

「このビルの中のお店で働いてるの?」

「そうよ、ブルームーンです」

私は驚きを隠せなかった。

たった今出てきた店の名前がブルームーンなのだ。

「ブルームーンで働いていたんだ。次の出勤はいつ?」

「水曜日と金曜日に出ています。だいたい今ぐらいの時間から。」

時刻は22時ちょっと前。

今日は迎えのナリスを呼んでしまったし、明日も早いので帰らなければいけない。

「ノックちゃん。それじゃあ次の水曜日、今ぐらいの時間に来るよ」

「わかりました。私いるかいないかわからないけど、来て。」

まるで小悪魔のような笑顔を投げかけて、彼女はそう答えた。

「あ、これ私の名刺」

私はおもむろに名刺を差し出した。

「ICHINOSE さん。分かりました。」

彼女は日本語での会話ができるようだが漢字は読めないらしい。

名刺裏面のローマ字を読んで、私の氏名を確認していた。

彼女がビルの中に姿を消すと同時に、ナリスが運転する車がビルの前に横付けされた。

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常夏の白い肌 空野 俊 @TonySky

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