常夏の白い肌

空野 俊

第1話 フライト

「また新しい国に来てしまった。この国ではどのようなことが待ち受けているのだろうか...」

まもなく着陸を迎える機内の窓からぼーっと街の様子を眺めながら、私の心にはいつも同じ感情が芽生える。

新しい国でのプロジェクトが始まるたびに呼び起こされる負の感情。

観光旅行のような、期待で高ぶる感情などは全くなく、これから始まる現地メンバーや顧客との折衝など、すでに頭が痛い問題が次々に思い浮かべられる。

そもそも私が訪れる国ではビジネスがうまくいっておらず、私のミッションは炎上した問題を消火する目的で投入される落下傘部隊のようなものなのだ。

そうこうしているうちに機体は無情にも無事着陸し、両肩に重い荷物を背負ったような感触を持ったまま、出迎えの車両に乗り込むのである。


「Mr.ICHINOSE」と書かれたプラカードを持った、恰幅のいいタイ人の男が待っていた。

「ハロー 一ノ瀬さん、私の名前はナリスです」

日本語のかたことの挨拶とともに、彼は握手をするため無骨な右腕を差し出してきた。

彼の挨拶はおそらく固定の文脈であり、苗字の部分だけアテンドする相手ごとに入れ替えているのだろう。

「ハロー ナリスさん。Nice to meet you」

当社グループは日本以外での標準言語は英語なので、ドライバーは日本語よりも英語を好む。

シンプルな挨拶を交わした後、彼は私のスーツケースをトランクに積み込み、私たちはバンコク市内のホテルに向かった。

小一時間もすれば、私は自動的にバンコクのオフィスのエントランス前にドロップされるはずだ。

片側三車線の高速道路はほぼ渋滞することもなく夕闇が迫るバンコク市内に到着した。

バンコクでの滞在中はナリスの運転に世話になるはずだ。

スーツケースを降ろしてもらい礼を言ったあと、オフィスが入居するタワービルの中に入った。

オフィスでは今回のミッションの発注者である駐在員と軽く打ち合わせし、本日の業務を終了することにした。


駐在員との夕食を終えて、今回のミッション中の「我が家」へチェックインした。

ここはいわゆるサービスアパートメントと呼ばれるもので、室内にはキッチンやランドリーが備えられており、室内清掃は1週間に約2回程度。

このため、ほとんど自分の家にいるような感覚で過ごすことができる。

契約は通常のホテルと同じ一泊から可能で、月単位に契約すると若干安くなるようなケースが多い。

駐在員が住む住宅型マンションの方が安く上がるが、外国人は家政婦を雇わなければいけないし、私のようなプロジェクトの終わりが明確でない業務のケースでは、サービスアパートメントの方が都合が良い。

私は到着後すぐにスーツケースの荷物を全て出し、個々のアイテムをお気に入りの場所に配置するのがルーティーンとなっているが、今日は長旅とこれから始る業務へのプレッシャーで気持ちが重いため、スーツケースから着替えと洗顔用品だけを取り出して、そのままベッドに横たわってしまった。

目をつぶると漆黒の闇の中から手が伸びてきて、私の後頭部を闇の中へ引っ張ろうとする力を感じ、その後の記憶がない。


目覚めるとそこには雲ひとつないと青空と、眩しい太陽の光を反射した金属のような異様に光っているものが目に飛び込んできた。

4月、真夏の暑さを予想させるバンコクの朝の景色がそこにあった。













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