お連れさま

◇

　スーパーとかで会計してるとさ、たまに気の急いたジジイやババアが背後霊みたくぴったり後ろにくっついてることあるじゃん。まだこっちの会計終わってないってのに、半ば割り込みみたいな勢いで俺を押し退けようとしてきてさ。マジであれ邪魔っつーか気持ち悪いよな。すぐ後ろから誰のかわからない息遣いが聞こえてくるんだぜ。ストーカーに狙われてる女じゃなくてもゾッとするわ。

　そういう時、店員も困惑を浮かべながら「後ろの方はお連れさまですか？」なんて聞いてくるワケ。向こうも客商売だし、変にクレーム入れられたくないから順番守るように注意するためだろうな。勿論知らないジジイババアだからこっちは首を横に振る。そしたら店員もやんわりと「こちらの方のお会計がまだ終わってないので、お次の方はもうしばらくお待ちください」って言い聞かせるの。ま、それで納得して引き下がる人間なら無理に押し退けてこようとしないけどな。やたらと距離詰めてくる年寄りは目だけじゃなく耳もボケてっから注意しても意味ねーんだよ。どうせ聞こえてないって。

　何でこんな話したかって？　ムカつくジジイババアの愚痴聞かせるためじゃねーよ。

　最近さ……どこの店に行っても店員に聞かれるんだよ。「後ろの方はお連れさまですか？」って。ぱっと後ろ振り向いても、誰もいねーの。店員の方も、あれ？　なんて気まずい顔して、「失礼しました」って誤魔化してんだけどさ、笑顔が強張ってたり引き攣ってるのよ。明らかに見えちゃいけないモンが見えた時の反応なワケ。これってやっぱりそういうことだよな。ガチの背後霊、的な。

　心当たり？　知らねーよ。心霊スポットなんて行ってないし。は？　女を泣かせたかって？　お前マジでしばき倒すぞ。

　っつーか何、俺の後ろに憑いてるの女なの？　若い？　美人？　何だよその目。冗談だよ。いくら美女でも幽霊相手に欲情するほど変態じゃねーよ。お前、俺のこと何だと思ってんの。あっそ。聞かなきゃよかったわ。

　お祓い、行った方がいいよなあ。怖いっつーか、気持ち悪いのが正直なとこ。だって得体の知れない奴が俺の後ろにずっとくっついて回ってるんだろ。そんなことされたら幽霊でも生きた人間でも気味悪いって。仮にストーカーに付き纏われてたら警察なり探偵なりを頼って然るべき対処してもらうだろ？　それと同じだよ。

　だからさ、霊験あらたか？　な神社か寺知ってたら教えてくんねえ？　お前だって嫌だろ、会う度に友達（ダチ）が背後霊背負ってるの。

　は？　何でって、そりゃ霊感ある奴なら効果あるお祓いスポット知ってると思ったからだよ。霊感あったらやべーのに目ェつけられたりするんだろ？　一つくらい教えてくれてもバチは当たんねーだろ。な、俺達友達だろ？　お前は困ってる友達を見捨てたりしねーよな？　頼むよ……

　サンキュー、持つべきものは霊感持ちの友達だな！　早速行ってくるわ。善は急げって言うだろ？　帰ったら何か奢るわ。

　×　×　×

　――それが、悪友と交わした最期の会話だった。

　彼は勧めた神社に辿り着く前に死んだ。神社の階段の上段から足を踏み外して転がり落ち、頭を強く打って帰らぬ人となったと聞いた。

　俺と別れてすぐ神社に向かったアイツは酒なんか飲んでいなかったし、急な階段に躓くほど軟弱でもない。

　では、もうすぐお祓いができると気が弛んだ故の事故なのか？　いや、違うだろう。実は、俺には一つだけ心当たりがあった。

　アイツの背後に取り憑いていたのは、女は女でも恨めしげな顔をした老婆だった。アイツとの関係は知らない。ただ一つ解るのは、あの老婆はアイツのせいで死んでしまったということ。

　アイツが言っていたように、会計中にぴったりと背後にくっつかれたことに腹を立てて老婆に手を上げたとか、大方そんなところだろう。アイツは短絡的でカッとなりやすい性格だ。そのくせ頭に血が昇っていた時のことは覚えていないのだからタチが悪い。

　何にせよアイツは後ろにくっ憑いていた『お連れさま』にあの世まで連れて行かれてしまったのだ。