生きていくために

じゅじゅ/limelight

最後の一線

 「ダメだよ、やっぱり僕にこんなことは……」

 「生きていくためになんでもするんだろ? 」

 「けど、これとそれとはわけが」

 「なにも違わない」


 市街地から離れた路地裏で男と少年の声が木霊する。少年は言葉を捻り出すのに必死だったが、考えれば考えるほどなにも浮かんでこない。


 もう何日もろくに食べれておらず、腹痛が常時、少年に襲いかかる。けれど、どれほど空腹でも、どれほど辛くても、少年には越えてはいけない最後の一線があった。


 「おじさん、やっぱり盗みは良くないよ……」

 「ったく、お前ってやつは」


 男は不機嫌そうに髪を掻く。2人とも、髪はボサボサで、男の着ている服はところどころ破けていた。


 それもそのはず。この街、もといこの国は経済が破綻してしまったのだから。

 急速な物価の上昇に加えて増えていく失業者。彼らの住む街も例外ではなく、綺麗で活気溢れる街は、瞬く間にスラム街と化した。


 盗みはもはや日常茶飯事。皆、自分の生活のために手段を選ぶことなどできなかった。


 「両親に捨てられたお前をここまで育ててきたのは誰だ? 」


 まただ、と少年は思った。いつもこうだ。確かに、自分を拾ってくれたおじさんには感謝している。けれど……


 「わかってるな。行ってこい」


 そう言って男は少年を路地裏から追い出す。

 少年はゆっくりと街まで歩いて行くと、荒れ果てた街に出た。


 行くあてもなく、ふらふらと歩くだけだった。物を買おうにもお金がない。働こうにも自分のような子供を雇ってくれる場所はない。


 道端に座り込んで、人の往来を見るだけで時間は過ぎてゆく。ある時はおいしそうなパンを持った人が通り過ぎれば、ある時はポケットの中の財布がはみ出している男が通った。


 そして、少年は驚くべき光景を見た。いや、この街ではよくあることなのだろうが、少年は目を大きく見開いた。


 自分よりも小柄で、年下に見える男の子がさっきの男のポケットから財布を抜いたのだ。

 咄嗟にその子を追いかけた。捕まえて警察に突き出すこともできたが、そのためではない。


 男の子が入って行った路地裏で、少年はその子を捕まえた。


 「ねぇ、君」


 ただでさえ何も食べてないせいで、息切れが激しい。逃がさまいと服を掴みながら、全力で息を吸った。


 「なんで、盗ったの?」

 

 男の子は警戒していただろう。露骨に嫌な顔をしている。けれど、少年の質問を聞いて彼は呆れながら答えた。


 「生きるためだよ。こうでもしないと、生きていけないんだ。もういい? 」

 「あ、あぁ……ごめんね」


 自分の心の中で何かが切れるような感じがした。少年は男の子を離し、振り向いて大通りに向かって歩く。


 雰囲気はさっきの座り込んでいた彼とはほど遠く、足取りも重い。

 彼は今から、最後の一線を跨いでいくのだ。自分が生きていくために。

 

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