2節 揺れ動く影
都市中央から外れた郊外。そこに、ヨハネスブルク支部の教会はある。賑わった都市とは打って変わって、そこは自然に囲まれた緑の空間であり、動植物たちの囀りが聞こえる。
「……なるほど、それはまた、難儀な予言ですな」
教会本部の一部屋。壁一面が大きな窓ではみ込まれ、外の自然を一身に浴びることのできる石畳でできた賓客歓迎用の一室で、啜ったカップを机に置き、プリディスアが呟く。
「人類滅亡……想像に難しい話ではありますが、教皇様の未来視で見た予言である以上、それが訪れるのは確定的ですね」
続けるように、プリディスアの隣に腰かけているオブロスも言葉を紡ぐ。そして机を挟んで、対照的に席に座っているヤコブは、2人の言葉に対して重く頷く。
「原因が分からない以上、今はできることを手当たり次第にやるというのが教会本部の決定です。そしてその一つが、先ほども言った〝英雄捜索〟になります」
「〝英雄〟……。教皇様のお話によりますと、その『英雄』という存在が実在するかも定かでは無いんですよね?」
「はい、そうです。あくまで過去の記録にあったというだけなので」
「雲を掴むような話ですな」
『人類滅亡』という話に対する、あまりにも不明瞭な内容。ヤコブの話を聞き、頭を悩ますプリディスアとオブロスの気持ちは、想像に難く無い。
「……分かりました」
沈黙を破るように、プリディスアが口を開く。
「まだあまり実感はできていませんが、教皇様のお言葉である以上、この話が真実であるのは間違いないでしょう。その上で、お願いがあります」
「お願い?」
プリディスアの言葉に、ヤコブは疑問を浮かべる。
「はい。……〝人類滅亡〟、それは、アルカディア国内だけでなく、今この世界に生きている全ての人に関係のあることです。恐れながら、教会外部の人間である私にも、何かご協力の機会をくださりませんでしょうか?」
「それはもちろん!願っても無いことです!」
プリディスアの申し出に、ヤコブは喜んで返事をする。
本来、ヤコブが未来視で確認した災害への対処は、基本的に教会に所属している者のみで行っている。それは、人類を守るために魔導士が創設したアルカディアだからこそ行っていたことであり、そうすることで、国民は教会に対する信頼を獲得する。
しかしたまに、災害発生の位置や条件のために、内部の人間だけでは対処できないことがあり、そうした場合は特例的に外部の人間に協力を得ることがある。
本来は守られる立場である国民であるが、それでも国のために、ましてや預言者のために力を貸すというのは大変名誉なことであり、その経験は、改めて預言者の力を目の当たりにすると同時に、自分がこの国を守ったといいう自信へと変わる。より、自分がアルカディアの国民であるという実感を持てるのである。
そしてプリディスアは、過去にもいくつかの災害を教会と協力して防いだ実績を持っている。
「今回の件は、規模が大きいのにも関わらず内容が不明瞭であるために、国民の不安を煽らないよう、ハッキリと何かが分かるまでは教会内のさらに一部の間だけの秘密として活動していました。ですので、今の話を聞いて立ち上がってくれるとは、僕自信とても嬉しい誤算です」
「私自信アルカディアの一国民です。不安がもちろんありますが、この国の命運が関わっている状況、黙って見過ごすことはできません」
言い終え、プリディスアは側に控えていた女性秘書へと合図を送る。
「教皇様。この後のご予定は何かございますでしょうか?」
「はい。すぐにでもこの国での〝英雄探索〟を始めるつもりです」
「愚問でしたな」
ニヤリと笑い、プリディスアは席に座ったまま秘書の方へと目線だけを向ける。
「ラマ。この後の予定は全てキャンセルだ。私はこれから教皇様の『英雄探し』に同行する」
「かしこまりました」
「え!?何もそこまでしなくても……」
淡々と行われたプリディスアと秘書の会話に、ヤコブは静止の手を挙げる。
「教皇様、善は急げです。何より、ここヨハネスブルクにおいては、私の方が教皇様よりも地理が頭に入っています。私といた方が、何かと円滑に進むことでしょう」
「でも……」
「大丈夫ですよ、教皇様」
プリディスアに無理をさせているのではと憂うヤコブに、オブロスが声をかける。
「プリディスアは優秀な男です。……正直、私よりも。それに私自身、やることがあり今すぐの協力ができませんので、どうぞ彼の助力を受けてください」
「お任せください」
「……」
オブロスの言葉とプリディスアの視線に、ヤコブはしばらく頭を悩ませた後、顔を上げた。
「分かりました。それでは、プリディスア卿。どうぞよろしくお願いします」
「はい!この大命、必ずやご期待にお応えしてみせます」
ヤコブとプリディスアが、握手を交わす。
「……それで、お連れの方はどうなさいますか?」
プリディスアが、ヤコブの後ろに控えていた、教会内をキョロキョロしているフランメと、やはりじっとしているセクアの方を見る。
「どうしますか?フランメ、セクア」
「アタシは行くぜ。まだまだこの街を見たいし」
「失礼ながら……私は少々休ませてもらってよろしいでしょうか。少しばかり疲れが溜まっていまして……」
「分かりました。それではオブロス司祭。セクアに部屋を一室よろしいですか?」
「もちろんです!」
そして、ヤコブとフランメはしばしばセクアと離れた後、新たにプリディスアを加えて、ヨハネスブルクの市街地へと歩み出た。
―――――――――――――――
「行ったか」
ヤコブとフランメ、そしてプリディスアを乗せた車を見送って、膨よかな体型の男―――オブロスが呟く。
「この後の奴らの行動ルートは、全てプリディスアから聞いているんだろうな」
「はい。全てこちらの方に」
言われ、ラマと呼ばれている秘書が脇に挟んでいたファイルを渡す。
「ふん」
差し出されたファイルを、オブロスは不機嫌そうに取り上げる。
「よし。ああそれと、セクア信徒の部屋にも1人監視を置いとけ。変な行動を起こさんようにな」
「かしこまりました」
言い残し、ラマは教会内へと足を進ませた。
「……全く、いつもは事前に連絡をよこすくせに突然くるとは。……一瞬、我々が〝帝国〟の人間と繋がっていることがバレたと思ったでは無いか」
悪態をつきながら、オブロスは教会の中でなく、自然豊かな庭園の方へとその歩みを進める。
「ここまで来たんだ。絶対に失敗などしてたまるか」
そして、一際葉が生い茂る日陰の場所で足を止める。
「……もし何かあったときは、頼りにしているぞ」
「お任せあれ。オブロス殿」
風に揺られながら、影が笑みを浮かべた。
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救済予知夢の創世譚《プリクエル》 吉越 晶 @bsirybynfi
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