第3章
1節 ヨハネスブルク支部
「はぁ……はぁ……」
1人の浮浪者のような格好をした老父が、炭鉱に奥深くで、石炭の詰まったトロッコを押している。
もともと年老いて弱った肉体に加え、充分な栄養を取れていないのも相まって、それは老父には堪える仕事だった。
そこに、1人の少女が現れる。
「おじいちゃん。私変わるね」
「あっ……」
軽やかに体を走らせて、少女は手慣れた窃盗犯のごとく老父よりトロッコを奪い取る。
「ま、待て!君1人じゃ無理……」
止めようと伸ばした手を、しかし老父は途中で止める。
いくら自分より若いとはいえ、同じように栄養不足で、しかも体の細さが自分と大差ない少女。
にも関わらず、その少女は勢いを止める様子もなく、まるで重さを感じさせない速度で素早くトロッコを押していく。
「あの子、やっぱり普通じゃ無いわよね」
「!」
少女の姿を眺めていた老父に、同じくトロッコを、重たそうに押している女性が声をかける。
「噂になってるのよ。彼女、ああやって色んな人のこと助けててるから」
「そうなのか……」
「本当、どこにそんな元気があるのかわからないけど、もしもこんな場所にいなければ、あの子も日の目を浴びれたかもしれないのに……」
「……ああ、残酷な世の中じゃな」
数刻後。
月当たりが差し込む隙間から、件の少女はその真っ白な髪を月明かりに照らしながら、夜空に浮かぶ星々を見上げていた。
『ローサ……。どうか…どうか生きて……。生きて、幸せになって………」
頭に染みついた母の言葉を思い出し、視界が滲んで、ぼやけだす。
「………」
意思と関係なくこぼれ落ちていく涙を腕で拭い、ローサと呼ばれた少女は再び夜空を見る。
母の遺言を心に刻んで。
―――――――――――――――
宗教国家アルカディア。
その国は、教会総本部が置かれたローマ支部の他に、世界各地に幾つかの支部を持っており、それぞれの支部も、大きさはローマ支部に劣りはすれど、設備などは見劣りしないほどの規模を誇っている。
それら複数の支部を抱える訳、それはもちろん、より多くの苦しんでいる人を救うためである。
盗賊団の壊滅。その訃報を受けてからさらに3日ほど。
ヤコブたちは、アフリカ大陸最南端、ヨハネスブルク支部の上空にいた。
あらゆる資源が枯渇しているこの時世においては、全ての支部の住民を賄うのは非常に労するもであり、必然、資源物資の眠る場所に優先的に支部が作られている。
そしてヤコブたちが着いたヨハネスブルク支部は、現在においては非常に貴重な鉱石採掘を生業とした都市である。
「―――お待ちしておりました」
地上に降り立ち、支部の中に足を踏み入れた瞬間、盛大な歓声と音楽が鳴り響く。アルカディア教皇にして預言者が来たからか、この歓迎に込められた熱意が感じ取れる。
その中を歩いて進めば、絢爛な装飾品で飾られた服を着た何人かが道を塞ぐよう立っており、その中央にいる純白のスーツに身を包んだ長身の男が一歩前へと踏み出した。黒い肌とは対照的な白の服装と髪色が、見る者に強烈な印象を抱かせるものとなっている。
「ヨハネスブルク支部最高採掘責任者―――プリディスア・ティオーでございます。この度は、遠路はるばるこのような田舎までようこそいらしてくださいました」
「アルカディア教皇ヤコブ・シュリアム・ハルジオンです。会うのは2回目になりますね。プリディスア長」
お互いに手を出し、握手を交わす。同時に、やかましいほどに響いていた歓声がより大きいものとなる。
「前回訪問してくださった時から早3ヶ月。これほど早く再開できるとは思ってもいませんでした」
「僕も、次に会えるとしたら来年の〝定期監査〟になると思っていました」
アルカディアでは年に一回。各支部で何かしらの問題が起こってないかを確認するため、教皇自らが偵察を行う定期監査がある。
会話の内容からも分かる通り、ヤコブは3ヶ月前に一度、ヨハネスブルク支部に定期監査で訪れている。
「と、申しますと……今回はまた何か別件での来訪ということでしょうか?」
「あれ、聞いてませんか?」
「教皇様〜!!」
ヤコブが疑問を口にした瞬間、どこからか自身のことを呼ぶ声が聞こえる。そちらの方に目を向けてみれば、白を基調としたデザインの祭服を身に纏った男が、息を切らしながらこちらへと走って来た。
「オブロス司祭!」
ふっくらとした体型と天然パーマを持つ柔和な印象を纏った男。
オブロスと呼ばれたその男は、ヨハネスブルク支部全体の総責任者である、教会在籍の者だ。
「いや〜遅れて申し訳ありません。何かと仕事が立て込んでまして」
「謝らなくても大丈夫ですよ。むしろ忙しい中これほど盛大に歓迎してもらえたんですし、逆にお礼を言わせてください」
「そう言ってもらえるとありがたい!確か今回いらしたのは、〝英雄探索”のためですよね?」
「あ、そのことなんですが、もしかして他の人に話していませんか?」
「え?」
言われ、疑問を浮かべたプリディスアを始めとした周りの人の顔を見て、オブロスは思い出したかのように声を上げた。
「申し訳ありません!完全に失念しておりました!!」
「やっぱりそういうことだったんですね」
オブロスの必死の謝罪に、少しばかり笑いが起こる。仕事のミスにも関わらず、他の者たちから責められる気配がないことから、オブロスという男がこの町でどれほど慕われているのかが理解できる。
「しかし実際、その〝英雄捜索〟とは一体どのような任務なのでしょうか?」
「そうですね……」
プリディスアの質問に、どこから話そうかと考えたところ、オブロスがその間に入るよう口を開く。
「ここで立ち話をするのも何ですし、車を用意していますので、教会へ向かう傍ら、車内で話すと言うのはどうでしょうか」
そう言い、オブロスが手を向ける方を見てみれば、一目で高級車だと分かる黒のリムジンが止まっている。過酷な現状蔓延るこの世界において、こういった高級車などの贅沢品が観られるのは、アルカディア特有のものだ。
「そうですね。それじゃあお言葉に甘えて、乗らせていただきます」
返事をし、周りをキョロキョロしていたフラムと、忠実にヤコブの顔を立てるよう後ろに控えていたセクアと共に、ヤコブはこの場を後にした。
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