幕間 綺麗なフラム

 最初の国を出発してから約3日。ヤコブたちは、他にも似たような国で聞き取りをしつつ、間も無く南端に到達するところまで迫っていた。


「さて、今日はここら辺で泊まりますか」

「分かりました」


 そう言うとセクアは、背中に背負っていたバックパックを下ろし、中から携帯式のテントを取り出した。

 最初の頃こそギクシャクとした動きで組み立てていたが、ここ数日でだいぶ慣れたらしく、テキパキと素早く組み立てる。


「ではフランメ。僕たちは、今日の晩飯でも作りましょうか」

「ふぁ〜い」


 ヤコブの言葉にあくびをしながら返事をするフランメ。目を擦りながらも、セクアと同じくバックパックを開け、その中からいくつかの味付けの済んでいる、パックの携帯食糧を取り出す。


 基本的に、夜の準備はそれぞれ分担性となっている。セクアがテントなどの寝床確保、フランメが携帯食糧の用意兼周りの監視、そしてヤコブが調理といった具合だ。そのため、それぞれ3人のバックパックの中身も、大体がそれ相応のものとなっており、フランメが取り出した携帯食糧に対して、ヤコブも持ち運び用の調理器具を用意する。


 もちろん、魔法を使えばより簡単に寝床の用意や料理などを完了することができるのだが、普段魔法に頼り切っているからこそ、あえて魔法を使わない経験をしつつ、それを通して3人の親睦を深めるというのが目的でもある。


「この任務が終わったら、料理をしてみるのもアリですね」

「何でだ?ヤコブぐらい偉かったら全部用意してもらえるだろう?」

「それはそうですが、こんなふうに食事の準備をしてる内に、そもそも何でこんな味になるのかって疑問も出てきて……1から自分で調理をしたいって思うようになったんです」

「ふーん。よくわかんね」

「何で?」


 フランメとセクアが積極的に接してくれるからか、この3日でヤコブは、二人と軽口を叩けるくらいには仲良くなっていた。……のだがーー


(セクアとフランメも、もう少し仲良くなってくれればいいのにな……)


 そう。軽口を叩けるのはあくまでヤコブのみであり、セクアとフランメは相変わらずと言った感じだ。


(……喧嘩をするほど仲が良い。フラムは否定してたけど、やっぱり案外仲良かったりとか―――)

「おい、何やってる貴様!!」

「あ!?ゴ◯ブリがいたから潰しただけだろ!」

「手で潰すな!頭おかしいのか!?」

「あんだとこらぁぁぁぁああ!!!」

(うん。無理だな)


 調理の片手間に見ていた二人のやり取りで、ヤコブはやはり難しいのだと悟り、二人に食事を促した。


―――――――――――――――


「……ヤコブ様」

「どうしました?」


 食事が終わって数時間。それぞれが寝る準備を一通り終え、各々が自分の時間を過ごしていた時。ふとセクアがヤコブに話しかける。


「いいえ、その……ヤコブ様の魔力についてお聞きしたいことがありまして……」

「僕の魔力ですか?」

「はい」


 そう言うとセクアは、自身の魔力をヤコブに見せるよう表面化させる。

 セクアが使う水の魔法のように青々とした、と言うよりは少し薄まった青色の魔力。


「ヤコブ様から分けて頂いた魔力なのですが、普通に力が高まっただけでなく、どこか心地いいと言いますか……心境の変化を感じるのです」

「ああ、らしいですね」

「らしい……ですか?」


 ヤコブ自身も分かってなさそうな返答に、セクアが戸惑う声をだす。その様子にヤコブは、近くに置いてあるコーヒーの入ったカップを人啜りした後、改めて口を開いた。


「僕自身もよく分かってないんですけど、僕に魔法を教えてくれた先生が言ってんですよ。『お前の魔力は他人の心に影響を与える』って。だから多分、セクアに生じた心境の変化も、それが影響しておるんだと思いますよ」

「なるほど……それはまた、奇妙な力ですね」

「そうですね」


 微笑み返しながらも、ヤコブは先の戦いで見せていた、余り影響を受けていなさそうなフランメのことを思い出す。


(フランメ……もしかしてあれで変わった状態なのかな?とてもそうとは思えないけど……)

「……この魔力。人に影響を与えると仰られていましたが―――」

「?」


 考えに耽っていたところに、再びセクアが言葉を紡ぎだす。


「―――人によって与える影響が変わったりするのでしょうか?」

「あー……どうなんでしょう。でも基本的には、セクアの言う通り心地良いものなはずです。少なくとも、過去に嫌な気持ちになったとは聞いたことがないので」

「だとするならば、あれ(・・)は例外なのでしょうか?」

「あれ?」


 セクアが向ける視線に、ヤコブもつられて目を向ける。そこにいるのは、口を開けながら気持ちよさそうに寝ている短髪赤髪の少女、フランメ・バルバルス・レックスの姿があった。

 セクアが目を向けた先に彼女がいたことで、ヤコブもセクアの言いたいことに気づく。


「あー……確かに、先の戦い然り、フランメにはあまり良い影響を与えられていないような気がしますね」

「はい。多少の言動などは変わったところがあるとは思うのですが、それでもやはり目に余るところがありまして……」

「まあ、人によっては効き目が変わることもあるでしょうし、しょうがないとは思いますよ」

「………ちょっとした疑問なのですが」

「?」


 セクアの言動に、ヤコブはほんの少しの違和感を覚える。普段は目を合わせて話すセクアが、少し目を逸らして話し始めたからだ。


「……もしも、ヤコブ様の魔力をより多く与えたら、あの女の性格も変わったりするのでしょうか?」

「え!?いや、それは……どう、なんでしょう」


 自身の魔力を与えた影響なのか、とても普段のセクアが言葉にするようなものでない危ない発言に、ヤコブは自身の耳を疑う。しかし同時に、確かに気になるその内容が、ヤコブの好奇心を刺激していた。


「……いいえ、すみません。おかしなことを口走ってしまいました。いくら単細胞相手とは言え、今のような発言は慎むべきもので―――」

「いいえ、やってみましょう」

「………え?」


 そしてその好奇心が、ヤコブの中にあった一つのブレーキを飛び越えた。


「言った私が言うのも何ですが、大丈夫なのでしょうか?」

「多分、大丈夫です。少なくとも、今まで僕の魔力を分けてもらって苦しんだ人はいませんから」


 意を決して、ヤコブは立ち上がり、フランメの方へと近づく。一歩踏み締めるごとに頭の中を駆け巡る、実験紛いのことをしようとしていることへの躊躇い、葛藤を、しかしヤコブの歩みを止めることはなく、遂に、フランメに自身の魔力をより多く分け与えた。


「……僕の魔力の半分近くを与えました。もしも与えた量に比例して影響が大きくなるのであれば、フランメの性格も相当変わるはずです」

「………」


 ヤコブの言葉を聞き、セクアのが固唾を飲んでフランメを見る。ヤコブが与えた魔力が影響しているのか、その姿はどことなく輝いて見えた。


「……んぅ」

「「!」」


 呻き、そしてフランメが目を開く。ヤコブとセクアを見るその視線に、両者は後ろめたさを感じながらも、目を逸らすことはできずにいる。


「………」


 起き上がり、そして体を伸ばしたフランメは、ふと自身の口元が涎で汚れていることに気づき、急いでそれを拭った後に、顔を赤らめて言った。


「………お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。ヤコブ様。セクアさん」

「「―――ッ―――ッッッ!!」」


 体に雷が落ちる衝撃を、二人は初めて知った。


 とてもフランメ本人とは思えないその美しい表情に、ヤコブとセクア、お互いに言葉を紡ぐことができずにいる。


(誰だ?このどこか気品と思慮深さを感じさせるようなお淑やかな女性は。……これがあの野蛮女?……いや、そんなはずない。こんな……こんな、可憐な女性があの獰猛な女のわけが………!)


 今までとの認識の差に頭を悩ますセクアの一方で、ヤコブは昔、魔法の先生から言われた言葉を思い出す。



 『与えられた者の性格に影響を及ぼすその魔力。……まるで一種の洗脳だな』

 『滅多なこと言わないでください!』



 今でも記憶に残っている、どこかおちょくる様子で言ってくる先生の言葉が、今この瞬間に重みを帯びてのしかかる。


(……ああ、先生。あの時の言葉の意味が、今はっきりと心で理解できました)


 両者共に、フランメの変化に頭を悩ませながらも、ふと当の本人であるフランメが声をかける。


「あ、見てください。お二人とも。星が綺麗ですよ」


 フランメに言われ空を見上げる二人。目に入ってきたのは、黒の帷に描かれた、遥か彼方の命の輝き。

シャングリラでは見ることのできない、その幻想的な輝きに、先ほどまで頭を支配していた考えが、綺麗さっぱりと流される。


(……思えば、この女があのような性格なのは、何か重い過去があるからなのかもしれない。それなのに勝手に教養のない愚かな存在だと決めつけて……一体、どちらが野蛮だと言うのだろう)

(先の戦いでもそうですが、フランメは命を軽視してしまうことがある。僕の魔力は、確かに人の考えを変えてしまうほどに恐ろしいものかもしれないけど、もしかしたら、これがキッカケでフランメにも命の尊さが伝わるかもしれない。そうであるのなら、僕のこの魔力に、何か新しい意味が生まれるんじゃ……)

「―――あ」

「「?」」


 フランメの声が聞こえて、二人は視線をフランメに移す。フランメは、何か慈しむような視線で、地面を見ていた。


「あれは……」

「ゴキ◯リですね」


 フランメの視線の先にいたには、人類が絶滅の危機に落ちっているのにも関わらず、未だ生存競争のトップを走る黒い物体。

 本来ならば驚きを隠せずそのまま殺そうと行動を開始するところを、しかしフランメに当てられてか、ヤコブとセクアの二人もその存在に慈愛の精神を持って目を向ける。


「こうして見ると、ゴ◯ブリも可愛く見えてきます」

「はい。僕たちは、表面的なものばかりに目がいっていたのだと、改めて気付かされますね」


 一生懸命に、空で輝く星のように命を輝かせるゴ◯ブリ。それに気づかせてくれたフランメに感謝を述べようと、両者は再び視線をフランメに向け―――


「えいっ」


 フランメが手を振り下ろすと同時に、グチャ、という音がした。先ほども聞いた気がする、妙に耳に残る嫌な音。

 視線を下に向けるとそこには、先ほどまで命を燃やしていた物体、その残火があり―――


「ふんっ」


 もう一発。その残火を消すように、フランメが再び手を振り下ろす。

 その際に、何かの液体がヤコブのほっぺに飛び散った。


「………ん?フランメ?今何を?」


 動かない脳みそから出てきた精一杯の言葉。その言葉にフランメは、再び頬を赤ながら、何かの体液がついた方の手のひらで口元を隠しながら答えた。


「すみません。害虫様がおりましたのでつい♪」

「「………」」


 ヤコブとセクアは黙り、そしてお互いに顔を見合わせた後に、再び夜空の星を見上げて理解した。


((人って、変わらないんだな))


―――――――――――――――


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